・・・ すてきに物干が賑だから、密と寄って、隅の本箱の横、二階裏の肘掛窓から、まぶしい目をぱちくりと遣って覗くと、柱からも、横木からも、頭の上の小廂からも、暖な影を湧かし、羽を光らして、一斉にパッと逃げた。――飛ぶのは早い、裏邸の大枇杷の樹ま・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・と言って、目をぱちくりするばかりでありまする。「まあ、御苦労様だったね。さっきから来るだろうと思って、どんなに待っていたか知れないよ。さあまあこっちへお上りなさい、少し用があるから。」 と言った、文句が気に入らないね、用があるなんざ・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・老母や妻のおどろき、よろこびもさる事ながら、長女も、もの心地がついてから、はじめてわが家のラジオが歌いはじめるのを聞いてその興奮、お得意、また、坊やの眼をぱちくりさせながらの不審顔、一家の大笑い、手にとるようにわかるのだ。そこへ自分が帰って・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・ どんづまりのどん底、おのれの誠実だけは疑わず、いたる所、生命かけての誠実ひれきし、訴えても、ただ、一路ルンペンの土管の生活にまで落ちてしまって、眼をぱちくり、三日三晩ねむらず考えてやっと判った。おのれの誠実うたがわず、主観的なる盲目の誇り・・・ 太宰治 「創生記」
・・・それが終ってから、また眼鏡をかけ、眼を大袈裟にぱちくりとさせた。急に真面目な顔になり、坐り直して机に頬杖をつき、しばらく思いに沈んだ。やがて、万年筆を執って書きはじめた。 ――恋愛の舞踏の終ったところから、つねに、真の物語がはじまります・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
出典:青空文庫