・・・そして自分の家の方を見ると、さっきまで真暗だったのに、屋根の下の所あたりから火がちょろちょろと燃え出していた。ぱちぱちとたき火のような音も聞こえていた。ポチの鳴き声もよく聞こえていた。 ぼくの家は町からずっとはなれた高台にある官舎町にあ・・・ 有島武郎 「火事とポチ」
・・・ 吃驚して、ひょいと顔を上げると、横合から硝子窓へ照々と当る日が、片頬へかっと射したので、ぱちぱちと瞬いた。「そんなに吃驚なさいませんでもようございます。」 となおさら可笑がる。 謙造は一向真面目で、「何という人だ。名札・・・ 泉鏡花 「縁結び」
・・・膝で豆算盤五寸ぐらいなのを、ぱちぱちと鳴らしながら、結立ての大円髷、水の垂りそうな、赤い手絡の、容色もまんざらでない女房を引附けているのがある。 時節もので、めりやすの襯衣、めちゃめちゃの大安売、ふらんねる切地の見切物、浜から輸出品の羽・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・火の手は、七条にも上がりまして、ぱちぱちぱんぱんと燃える音が手に取るように聞こえます。……あれは山間の滝か、いや、ぽんぷの水の走るのだと申すくらい。この大南風の勢いでは、山火事になって、やがて、ここもとまで押し寄せはしまいかと案じますほどの・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・寐られません目をぱちぱちして、瞶めておりました壁の表へ、絵に描いたように、茫然、可恐しく脊の高い、お神さんの姿が顕れまして、私が夢かと思って、熟と瞶めております中、跫音もせず壁から抜け出して、枕頭へ立ちましたが、面長で険のある、鼻の高い、凄・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・ 女は特徴のある眇眼を、ぱちぱちと痙攣させた。唇をぎゅっと歪めた。狼狽をかくそうとするさまがありありと見えた。それを見ると、私もまた、なんということもなしに狼狽した。 やがて女は帯の間へさしこんでいた手を抜いて、不意に私の肩を柔かく・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・のサワリで、ぱちぱちと音高く拍手した。手を顔の上にあげ、人眼につき、ひとびとは顔をしかめた。軽部の同僚の若い教員たちは、何か肚の中でお互いの妻の顔を想い泛べて、ずいぶん頼りない気持を顔に見せた。校長はお君の拍手に満悦したようだった。 三・・・ 織田作之助 「雨」
・・・女は、いよいよ当惑そうに眼をぱちぱちさせて、笑っています。私は、やけくそになって吠えるようにもういちど、「毎日たいへんですね!」と叫びましたが、女は、やはり、え? と聞き直すように、私の顔を見つめます。私は、しょげてしまいました。毎日たいへ・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・小豆粒くらいの大きさの花火が、両耳の奥底でぱちぱち爆ぜているような気がして、思わず左右の耳を両手で覆った。それきり耳が聞えずなった。遠くを流れている水の音だけがときどき聞えた。涙が出て出て、やがて眼玉がちかちか痛み、次第にあたりの色が変って・・・ 太宰治 「玩具」
・・・スプリングの裾がぱっとめくりあげられ、一握の小砂利が頬めがけて叩きつけられぱちぱち爆ぜた。ぐっと眼をつぶって、今夜死ぬるとわれに囁き、みんながみんな遠くへ去っていって、世界に私がひとりだけ居るような気持ちで、ながいこと道路のまんなかに立ちつ・・・ 太宰治 「狂言の神」
出典:青空文庫