・・・ 日向へのッそりと来た、茶の斑犬が、びくりと退って、ぱっと砂、いや、その遁げ状の慌しさ。 四「状を見ろ、弱虫め、誰だと思うえ、小烏の三之助だ。」 と呵々と笑って大得意。「吃驚するわね、唐突に怒鳴ってさ・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・ごらんなさいましという、言葉が道をつけて、隧道を覗かす状に、遥にその真正面へ、ぱっと電燈の光のやや薄赤い、桂井館の大式台が顕れた。 向う歯の金歯が光って、印半纏の番頭が、沓脱の傍にたって、長靴を磨いているのが見える。いや、磨いているので・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・と引かれて、カチカチと、何か、歯をくいしめて堪えたが、突込む筆の朱が刎ねて、勢で、ぱっと胸毛に懸ると、火を曳くように毛が動いた。「あ熱々!」 と唐突に躍り上って、とんと尻餅を支くと、血声を絞って、「火事だ! 同役、三右衛門、火事・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・火がぱっと燃えると、おとよさんの結い立ての銀杏返しが、てらてらするように美しい。省作はもうふるえが出て物など言えやしない。「おとよさんはもうお湯が済んで」 と口のうちで言っても声には出ない。おとよさんはやがて立った。「おオ寒い、・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・ この道ばたに咲いた小さな花は、この世の中に、ぱっとかわいらしい瞳を開いたときからどんなに、ちょうのくることについて空想したかしれません。「自分のような人目をひかない花には、どうして、そんなに空想するような、きれいなちょうがきて止ま・・・ 小川未明 「くもと草」
・・・さあ、一息にぱっと飲みなはれ」 と、言いながら、懐ろから盃をとりだした。「この寸口に一杯だけでよろしいねん。一日に、一杯ずつ、一週間も飲みはったら、あんたの病気くらいぱらぱらっといっぺんに癒ってしまいまっせ。けっ、けっ、けっ」 ・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・市場の中は狭くて暗かったが、そこを抜けて西へ折れると、道はぱっとひらけて、明るく、二つ井戸。オットセイの黒ずんだ肉を売る店があったり、猿の頭蓋骨や、竜のおとし児の黒焼を売る黒焼屋があったり、ゲンノショウコやドクダミを売る薬屋があったり、薬屋・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・豹一はぱっと赧くなったきりで、物を言おうとすると体が震えた。呆れるほど自信のないおどおどした表情と、若い年で女を知りつくしている凄みをたたえた睫毛の長い眼で、じっと見据えていた。 その夜、その女といっしょに千日前の寿司捨で寿司を食べ、五・・・ 織田作之助 「雨」
・・・それは、赤や青や、黒や金などいろ/\な色で彩色した石版五度刷りからなるぱっとしたものだった。「きれいじゃろうが。」子供が食えもしない紙を手にして失望しているのを見ると、与助は自分から景気づけた。「こんな紙やこしどうなりゃ!」「見・・・ 黒島伝治 「砂糖泥棒」
・・・ボタンの列の終ったところで、きゅっと細く胴を締めて、それから裾が、ぱっとひらいて短く、そこのリズムが至極軽妙を必要とするので、洋服屋に三度も縫い直しを命じました。袖も細めに、袖口には、小さい金ボタンを四つずつ縦に並べて附けさせました。黒の、・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
出典:青空文庫