・・・その上不思議な事には、その竜燈が、どうも生きているような心もちがする、現に長い鬚などは、ひとりでに左右へ動くらしい。――と思う中にそれもだんだん視野の外へ泳いで行って、そこから急に消えてしまった。 それが見えなくなると、今度は華奢な女の・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・僕の体はひとりでにぶるぶる震えて、眼の前が真暗になるようでした。いいお天気なのに、みんな休時間を面白そうに遊び廻っているのに、僕だけは本当に心からしおれてしまいました。あんなことをなぜしてしまったんだろう。取りかえしのつかないことになってし・・・ 有島武郎 「一房の葡萄」
・・・なんのこったと思うと、僕はひとりでに面白くなって、襖をがらっと勢よく開けましたが、その音におとうさんやおかあさんが眼をおさましになると大変だと思って、後ろをふり返って見ました。物音にすぐ眼のさめるおかあさんも、その時にはよく寝ていらっしゃい・・・ 有島武郎 「僕の帽子のお話」
・・・ 一しけ来るぞ、騒ぐな、といって艪づかさ取って、真直に空を見さしったで、おらも、ひとりでにすッこむ天窓の帰る嬉しさに、何事も忘れた状で、女房は衣紋を直した。「まだ、見えるような処まで船は入りやしねえだよ。見さっせえ。そこらの柿の樹の・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・「あら、おばさん、私のようよ、いきなりひとりでに、すっと手の上ったのは。」「まさか、巻込まれたのなら知らないこと――お婿さんをとるのに、間違ったら、高島田に結おうという娘の癖に。」「おじさん、ひどい、間違ったら高島田じゃありませ・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ 脚気は喘いで、白い舌を舐めずり、政治狂は、目が黄色に光り、主人はけらけらと笑った。皆逆立ちです。そして、お雪さんの言葉に激まされたように、ぐたぐたと肩腰をゆすって、逆に、のたうちました。 ひとりでに、頭のてっぺんへ流れる涙の中に、・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・汽車にさえ乗れば、ひとりでにつれていってくれるのですもの。」 そうおっしゃって、先生の黒いひとみは、同じだいだい色の空にとまったのでした。 流れるものは、水ばかりではありません。なつかしい上野先生がお国に帰られてから三年になります。・・・ 小川未明 「青い星の国へ」
・・・「聞いていると、ひとりでに涙が出てくるの……。」「ははは、坊も、私のお弟子になってバイオリンが弾きたいかな。」と、おじいさんはいいました。「おじいさん、どうか僕に、バイオリンを教えてください。」と、少年は、熱心に、目を輝かして頼・・・ 小川未明 「海のかなた」
・・・ すると、箱の蓋がひとりでにヒョイと明いて中から子供が飛出しました。首も手も足もちゃんと附ていて、怪我一つしていない子供が、ニコニコ笑いながら、みんなの前に立ちました。 やがて、子供と爺さんは箱と綱を担いで、いそいそと人込の中へ隠れ・・・ 小山内薫 「梨の実」
・・・それ故いまふとそんな気になったことに佐伯はびっくりし、またその方角へひとりでに歩きだした自分を見ると、おやいつものおれとは違うぞという奇妙な驚きに、わくわくしてしまった。 つまりはよしやろうだなと呟き呟き行くと、その道には銭湯があり八百・・・ 織田作之助 「道」
出典:青空文庫