・・・ 雀が二羽檜葉を揺すって、転がるように青木の蔭へかくれた。「ホーホケキョ」 口笛だ。小鳥を飼っている近くの散髪屋の小僧だと思う。行一はそれに軽い好意を感じた。「まあほんとに口笛だわ。憎らしいのね」 朝夕朗々とした声で祈祷・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・ 庭は一隅の梧桐の繁みから次第に暮れて来て、ひょろ松檜葉などに滴る水珠は夕立の後かと見紛うばかりで、その濡色に夕月の光の薄く映ずるのは何とも云えぬすがすがしさを添えている。主人は庭を渡る微風に袂を吹かせながら、おのれの労働が為り出した快・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・着くとすぐ手近なベランダの檜葉を摘んで二十倍で覗いてみた。まるで翡翠か青玉で彫刻した連珠形の玉鉾とでも云ったような実に美しい天工の妙に驚嘆した。たった二十倍の尺度の相違で何十年来毎日見馴れた世界がこんなにも変った別世界に見えるのである。ワン・・・ 寺田寅彦 「高原」
・・・ 庭の檜葉の手入れをしていた植木屋たちはしかし平気で何事も起こっていないような顔をして仕事を続けていた。 池の水がいつもとちがって白っぽく濁っている、その表面に小雨でも降っているかのように細かい波紋が現滅していた。 こんな微量な・・・ 寺田寅彦 「小爆発二件」
・・・「干葉のゆで汁悪くさし」「掃けば跡から檀ちるなり」「じじめきの中でより出するり頬赤」の三句には感官的に共通な連想があるのみならず、空間的排列様式の類似から来る連想がある。「生きながら直に打ちこむひしこ漬」「椋の実落ちる屋根くさるなり」な・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・すっと、軽捷な線を描いて、傍の檜葉の梢に止った。一枝群を離れて冲って居る緑の頂上に鷹を小型にしたような力強い頭から嘴にかけての輪廓を、日にそむいて居る為、真黒く切嵌めた影絵のように見せて居る。囀ろうともせず、こせついた羽づくろいをしようとも・・・ 宮本百合子 「餌」
・・・八つ手、檜葉、樫、午下りの日光と微風に輝き揺れて居る一隅の垣根ごしに、鶯の声がした。飼われて居る鶯らしい。三月の初め、私が徹夜した黎明であった。重く寒い暗藍色の東空に、低く紅の横雲の現れたのが、下枝だけ影絵のように細かく黒くちらつかせる檜葉・・・ 宮本百合子 「木蔭の椽」
・・・ 工場で十三時間の労働をしている大衆にとって、また、山ゴボーの干葉を辛うじて食べて娘を女郎に売りつつある窮乏農民にとって、この「紋章」は今日何のかかわりがあるであろうか。そういう感想は全く自然に起るし、いまさらびっくりするほどインテ・・・ 宮本百合子 「一九三四年度におけるブルジョア文学の動向」
・・・ 去年の十月、Aが、中央公論に、オムマ・ハヤムの訳詩、並に伝を載せて、貰った金の一部で、三本の槇、一本の沈丁花、二本可なり大きい檜葉とを買った。二本の槇は、格子の左右に植え、檜葉は、六畳の縁先に、沈丁、他の一本の槇などは、庭に風情を添え・・・ 宮本百合子 「小さき家の生活」
出典:青空文庫