・・・河童はこの牡牛を見ると、何か悲鳴をあげながら、ひときわ高い熊笹の中へもんどりを打つように飛び込みました。僕は、――僕も「しめた」と思いましたから、いきなりそのあとへ追いすがりました。するとそこには僕の知らない穴でもあいていたのでしょう。僕は・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・もし又強いて脱そうとすれば、如何なる政治的天才も忽ち非命に仆れる外はない。つまり帝王も王冠の為におのずから支配を受けているのである。この故に政治的天才の悲劇は必ず喜劇をも兼ねぬことはない。たとえば昔仁和寺の法師の鼎をかぶって舞ったと云う「つ・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・女はみな悲鳴をあげてにげる。兵卒は足跡をたずねて、そこここを追いまわる。灯が消えて舞台が暗くなる。 ×AとBとマントルを着て出てくる。反対の方向から黒い覆面をした男が来る。うす暗がり。AとB そ・・・ 芥川竜之介 「青年と死」
・・・ その次のも時々悲鳴を上げましたそうですが、二年経ってやっぱり骨と皮になって、可哀そうにこれもいけません。 さあ来るものも来るものも、一年たつか二年持つか、五年とこたえたものは居りませんで、九人までなくなったのでございます。 あ・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ 乗合は悲鳴して打騒ぎぬ。八人の船子は効無き櫓柄に縋りて、「南無金毘羅大権現!」と同音に念ずる時、胴の間の辺に雷のごとき声ありて、「取舵!」 舳櫓の船子は海上鎮護の神の御声に気を奮い、やにわに艪をば立直して、曳々声を揚げて盪・・・ 泉鏡花 「取舵」
・・・キャッとそこで悲鳴を立てると、女は、宙へ、飛上った。粂の仙人を倒だ、その白さったら、と消防夫らしい若い奴は怪しからん事を。――そこへ、両手で空を掴んで煙を掻分けるように、火事じゃ、と駆つけた居士が、(やあ、お谷、軒をそれ火が嘗と太鼓ぬけに上・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・ば 争でか威名八州を振ふを得ん 沼藺残燈影裡刀光閃めく 修羅闘一場を現出す 死後の座は金きんかんたんを分ち 生前の手は紫鴛鴦を繍ふ月げつちん秋水珠を留める涙 花は落ちて春山土亦香ばし 非命須らく薄命に非ざるを知るべし 夜台長・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・ピシ、ピシと敲かれ、悲鳴をあげ、空を噛みながら、やっと渡ることができる。それまでの苦労は実に大変だ。彼は見ていて胸が痛む。轍の音がしばらく耳を離れないのだ。 雨降りや雨上りの時は、蹄がすべる。いきなり、四つ肢をばたばたさせる。おむつをき・・・ 織田作之助 「馬地獄」
・・・と柳吉は足をばたばたさせた。蝶子は、もう思う存分折檻しなければ気がすまぬと、締めつけ締めつけ、打つ、撲る、しまいに柳吉は「どうぞ、かんにんしてくれ」と悲鳴をあげた。蝶子はなかなか手をゆるめなかった。妹が聟養子を迎えると聴いたくらいでやけにな・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・思わずも足を駐めて視ると、何か哀れな悲鳴を揚げている血塗の白い物を皆佇立てまじりまじり視ている光景。何かと思えば、それは可愛らしい小犬で、鉄道馬車に敷かれて、今の俺の身で死にかかっているのだ。すると、何処からか番人が出て来て、見物を押分け、・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
出典:青空文庫