・・・匹として蜃気楼堂を吐くが如し 百年の艸木腥丘を余す 数里の山河劫灰に付す 敗卒庭に聚まる真に幻矣 精兵竇を潜る亦奇なる哉 誰か知らん一滴黄金水 翻つて全州に向つて毒を流し来る 里見義実百戦孤城力支へず 飄零何れの処か生涯を寄・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・私は、しばらく、かの偽善者の面容を真似ぶ。百千の迷の果、私は私の態度をきめた。いまとなっては、私は、おのが苦悩の歴史を、つとめて厳粛に物語るよりほかはなかろう。てれないように。てれないように。私も亦、地平線のかなた、久遠の女性を見つめている・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・この子は、将来きっと百千の人のかしらに立つ人ゆえ、かならず無礼あってはならぬと、わが子ながらも尊敬、つつしみ、つつしみ、奉仕した。けれども、わが家の事情は、ちがっていた。七ツ、八ツのころより私ずいぶんわびしく、客間では毎夜、祖母をかしらに、・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・朝になると、けろりと忘れている百千の筋書のうちの一つである。それからそれと私は、筋書を、いや、模様を、考える。あらわれては消え、あらわれては消え、ああ早く、眠くなればいいな。眼をつぶるとさまざまの花が、プランクトンが、バクテリヤが、稲妻が、・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・鋭い眼をした主人公が、銀座へ出て片手あげて円タクを呼びとめるところから話がはじまり、しかもその主人公は高まいなる理想を持ち、その理想ゆえに艱難辛苦をつぶさに嘗め、その恥じるところなき阿修羅のすがたが、百千の読者の心に迫るのだ。そうして、その・・・ 太宰治 「めくら草紙」
・・・常能飲縮。百川所流無量大水。故大海無有増減。とある。大洋特に赤道下の大洋における蒸発作用の旺盛な有様を「詩」で云い現わしたと思えば、うまい云い方である。 寺田寅彦 「断片(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・自分は科学というものの方法や価値や限界などを多少でも暗示する事が却って百千の事実方則を暗記させるより有益だと信じたい。そうすれば今日ほど世人が科学の真面目を誤解するような虞が少なくなり、また一方では科学的の研究心をもった人物を養成するに効果・・・ 寺田寅彦 「方則について」
・・・事の実際をいえば弱宋の大事すでに去り、百戦必敗は固より疑うべきにあらず、むしろ恥を忍んで一日も趙氏の祀を存したるこそ利益なるに似たれども、後世の国を治る者が経綸を重んじて士気を養わんとするには、講和論者の姑息を排して主戦論者の瘠我慢を取らざ・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・といい「読むたびにあかず覚ゆ、これ角がまされるところなり」ともいえり。しかもその欠点を挙げて「その集を閲するに大かた解しがたき句のみにてよきと思う句はまれまれなり」といい「百千の句のうちにてめでたしと聞ゆるは二十句にたらず覚ゆ」と評せり。自・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ほんとうに空のところどころマイナスの太陽ともいうように暗く藍や黄金や緑や灰いろに光り空から陥ちこんだようになり誰も敲かないのにちからいっぱい鳴っている、百千のその天の太鼓は鳴っていながらそれで少しも鳴っていなかったのです。私はそれをあんまり・・・ 宮沢賢治 「インドラの網」
出典:青空文庫