・・・大阪弁は、独自的に一人で喋っているのを聴いていると案外つまらないが、二人乃至三人の会話のやりとりになると、感覚的に心理的に飛躍して行く面白さが急に発揮されるのは、私たちが日常経験している通りである。 谷崎氏の「細雪」は大阪弁の美しさを文・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・が、六十八歳の坂田が実験した端の歩突きは、善悪はべつとして、将棋の可能性の追究としては、最も飛躍していた。ところが、顧みて日本の文壇を考えると、今なお無気力なオルソドックスが最高権威を持っていて、老大家は旧式の定跡から一歩も出ず、新人もまた・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・むしろここから反転して利他主義に飛躍するのが道筋ともいえる。リップスの感情移入の説はそのよき弾機であろう。他人の顔にある表情があらわれるのを見ると、同じ表情がわれ知らず自分にあらわれる本能的傾向が人間にはある。現在それが悲哀の表情であれば、・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・日本は今その内外の地位に一大飛躍を要求されているときであり、国の建てなおしをする劃期的時代を産む陣痛状態にあるのである。このときに際して、日本の婦人はその事業を男子のみに任せておくことなく、「時代を産む母」としての任務を自覚して立ち上らねば・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・という根本的な方針が、既に、一年前に確立され、質的飛躍の第一歩がふみだされているとき、工場労働者とはちがった特殊な生活条件、地理環境、習慣、保守性等を持った農民、そして、それらのいろいろな条件に支配される農民の欲求や感情や、感覚などを、プロ・・・ 黒島伝治 「農民文学の問題」
・・・出る杙が打たれて済んで御小普請、などと申しまして、小普請入りというのは、つまり非役になったというほどの意味になります。この人も良い人であったけれども小普請入になって、小普請になってみれば閑なものですから、御用は殆どないので、釣を楽みにしてお・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・いわんや、芸の上の進歩とか、大飛躍とかいうものは、ほとんど製作者自身には考えられぬくらいのおそろしいもので、それこそ天意を待つより他に仕方のないものだ。紙一重のわずかな進歩だって、どうして、どうして。自分では絶えず工夫して進んでいるつもりで・・・ 太宰治 「炎天汗談」
・・・あまりの飛躍である。 指導者は全部、無学であった。常識のレベルにさえ達していなかった。 × しかし彼等は脅迫した。天皇の名を騙って脅迫した。私は天皇を好きである。大好きである。しかし、一夜ひそかにその天皇を、おう・・・ 太宰治 「苦悩の年鑑」
・・・大袈裟に飛躍すれば、この人生でさえも、そんなものだと言えるかも知れない。見てしまった空虚、見なかった焦躁不安、それだけの連続で、三十歳四十歳五十歳と、精一ぱいあくせく暮して、死ぬるのではなかろうか。私は、もうそろそろ佐渡をあきらめた。明朝、・・・ 太宰治 「佐渡」
・・・その音源はお園からは十メートル近くも離れた上手の太夫の咽喉と口腔にあるのであるが、人形の簡単なしかし必然的な姿態の吸引作用で、この音源が空中を飛躍して人形の口へ乗り移るのである。この魔術は、演技者がもしも生きた人間であったら決してしとげられ・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
出典:青空文庫