・・・ 見なれた人にはなんでもない物事に対する、これを始めて見た人の幼稚な感想の表現には往々人をして破顔微笑せしめるものがあるのである。 文楽の人形芝居については自分も今まで話にはいろいろ聞かされ、雑誌などでいろいろの人の研究や評論などを・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
・・・ 飛行船が北氷洋上で氷原をとった写真を現像したら思いもかけぬ飛行機の氷の上に横たわる姿が現われたので、これはきっと先年行くえ不明になった有名な老探検家の最後を物語るものだろうという事になったが、よくよく調べてみると、これは写真技師がうっ・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
・・・というあたりの節廻しや三味線の手に至っては、江戸音曲中の仏教的思想の音楽的表現が、その芸術的価値においてまさに楽劇『パルシフヮル』中の例えば「聖金曜日」のモチイブなぞにも比較し得べきもののように思われるのであった。四 諦める・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・これを前の言葉で表現しますと、今まで内発的に展開して来たのが、急に自己本位の能力を失って外から無理押しに押されて否応なしにその云う通りにしなければ立ち行かないという有様になったのであります。それが一時ではない。四五十年前に一押し押されたなり・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・実は文学の標榜するところは何と何でその表現し得る題目はいかなる範囲に跨がって、その人を動かす点は幾ヵ条あって、これらが未来の開化に触るるときどこまで押拡げ得るものであるか、いまだ何人も組織的に研究したものがおらんのである。またすこぶるできに・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
・・・それは日本語によってのみ表現し得る美であり、大きくいえば日本人の人生観、世界観の特色を示しているともいえる。日本人の物の見方考え方の特色は、現実の中に無限を掴むにあるのである。しかし我々は単に俳句の如きものの美を誇とするに安んずることなく、・・・ 西田幾多郎 「国語の自在性」
・・・彼がこの文章の形式を選んだのは、一つには彼の肉体が病弱で、体系を有する大論文を書くに適しなかつた為もあらうが、実にはこの形式の表現が、彼のユニイクな直覚的の詩想や哲学と適応して居り、それが唯一最善の方法であつたからである。アフォリズムとは、・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・神天地をつくり給うたとのつくるというような語は要するにわれわれに対する一つの譬喩である、表現である。マットン博士のように誤った摂理論を出さなくてもよろしい。畢竟は愛である。あらゆる生物に対する愛である。どうしてそれを殺して食べることが当然の・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・のようなタッチでは表現されなかった。著者は階級的な社会発展とその文学理論の要石をつよくしっかり据えようと奮闘している。 新鮮な階級的な知性と実践的な生の脈うちとで鳴っていた「敗北の文学」「過渡期の道標」の調子は、そのメロディーを失って熱・・・ 宮本百合子 「巖の花」
・・・ これは新しい評言ではない。 女性の作家に対して、屡々繰返された批評である。 認識の範囲の狭さ、個性の独自性の乏しさ、妥協的で easy-going であると云うような忠言は、批評の一種の共有性であろう。 或る人は、そんな事・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
出典:青空文庫