・・・その代わり花田の弟というのがひょっこりできあがるんだ。それが俺さ。そうしておまえのハズさ。とも子 ははあ……だいぶわかってきてよ。花田 な。そこに大俗物の九頭竜と、頭の悪い美術好きの成金堂脇左門とが、娘でも連れてはいってくる。花田・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・ところが、その通知と一緒に、田中喜美子様と、亡き姉に宛てた手紙が、ひょっこり配達されていた。アパートの中庭では、もう木犀の花が匂っていた。 死んでしまった姉に思いがけなく手紙が舞い込んで来るなど、まるで嘘のような気がした。姉が死んだのは・・・ 織田作之助 「旅への誘い」
・・・ こうした二三日の続いた日の午後、惣治の手紙で心配して、郷里の老父がひょっこり出てきたのだ。「俺が行って追返してやろう。よし追返されないまでも、惣治の傍に置いてはよくない。ろくなことを仕出来しゃしない。とにかくどんな様子か見てきてや・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・ 下駄屋の前を通って、四ツ角を空の方へ折れたところで、饂飩屋にいたスパイがひょっこり立って出て来た。スパイは、饂飩屋で饂飩を食って金を払わない。お湯屋の風呂に入って、風呂銭を払わない、煙草屋で、煙草を借りて、そのまゝ借りッぱなしである。・・・ 黒島伝治 「鍬と鎌の五月」
・・・――すると、八ヵ月目かにです、娘がひょっこり戻ってきました。何んだか、もとよりきつい顔になっていたように思われました。私はその間の娘の苦労を思って、胸がつまりました。それでも機嫌よく話をしていました。 私たち親子はその晩久しぶりで――一・・・ 小林多喜二 「疵」
・・・双親は、どうしてこんな家がひょっこり建ったのだろうとふしぎでたまりませんでした。ウイリイは、「これはきっといつかのおじいさんが私にくれた贈物にちがいない。」こう言って、ポケットから例の鍵を出して、戸口の鍵穴へはめて見ますと、ちょうどぴっ・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・ 私は焼け出されて津軽の生家の居候になり、鬱々として楽しまず、ひょっこり訪ねて来た小学時代の同級生でいまはこの町の名誉職の人に向って、そのような八つ当りの愚論を吐いた。名誉職は笑って、「いや、ごもっとも。しかし、それは、逆じゃありま・・・ 太宰治 「嘘」
・・・昨年の夏、北さんが雨の中を長靴はいて、ひょっこりおいでになった。 私は早速、三鷹の馴染のトンカツ屋に案内した。そこの女のひとが、私たちのテエブルに寄って来て、私の事を先生と呼んだので、私は北さんの手前もあり甚だ具合いのわるい思いをした。・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・また昔は、晩酌の最中にひょっこり遠来の友など見えると、やあ、これはいいところへ来て下さった、ちょうど相手が欲しくてならなかったところだ、何も無いが、まあどうです、一ぱい、というような事になって、とみに活気を呈したものであったが、今は、はなは・・・ 太宰治 「禁酒の心」
・・・そこへ、ひょっこり、Y君が奥さんと一緒に、ちょっとゆうべのお礼に、などと固苦しい挨拶しにやって来られたのである。玄関で帰ろうとするのを、私は、Y君の手首を固くつかんで放さなかった。ちょっとでいいから、とにかく、ちょっとでいいから、奥さんも、・・・ 太宰治 「酒ぎらい」
出典:青空文庫