・・・れの案だなどと断るまでもないことだし、また、べつだんおれの智慧を借りなくても誰にも思いつけることだが、しかし、あんなに大胆に、殆んど向う見ずかと思えるくらいには、やはりおれでなくてはやれなかったろう。費用にしろ、よくまあ使ったと思えるくらい・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・憖いに早まって虎狼のような日傭兵の手に掛ろうより、其方が好い。もう好加減に通りそうなもの、何を愚頭々々しているのかと、一刻千秋の思い。死骸の臭気は些も薄らいだではないけれど、それすら忘れていた位。 不意に橋の上に味方の騎兵が顕れた。藍色・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・そしてそういう費用のすべては、耕吉の収入を当てに、「Gの通」といったような帳面を拵えてつけておいた。 ある晩酒を飲みながら老父は耕吉に向って、「俺はこうしてまあできるだけお前には尽しているつもりだが、よその親たちのことを考えてみろ、・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・そして来年の一月から同人雑誌を出すこと、その費用と原稿を月々貯めてゆくことに相談が定ったのです。私がAの家へ行ったのはその積立金を持ってゆくためでした。 最近Aは家との間に或る悶着を起していました。それは結婚問題なのです。Aが自分の欲し・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・それで吉さんの死ぬる時吉さんから二百円渡されてこれを三角餅の幸衛門に渡し幸衛門の手からお前に半分やってくれろ、半分は親兄弟の墓を修復する費用にしてその世話を頼むとの遺言、わたしは聞いて返事もろくろくできないでただ承知しましたと泣く泣く帰って・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・また貧しい家庭では、たとい父親のある場合でも、母親は子どもの養、教育の費用のために犠牲的に働くのだ。それが母子の愛を深め、感謝と信頼との原因となるのはいうまでもない。愛してはくれるが、働いてくれるには及ばなかった富裕な家の母と、自分の養、教・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・予め心積りをしていた払いの外に紺屋や、樋直し、按摩賃、市公の日傭賃などが、だいぶいった。病気のせいで彼はよく肩が凝った。で、しょっちゅう按摩を呼んでいた。年末にツケを見ると、それだけでも、かなり嵩ばっていた。それに正月の用意もしなければなら・・・ 黒島伝治 「窃む女」
・・・「今から去んで日傭でも、小作でもするかい。どんなに汚いところじゃって、のんびり手足を伸せる方がなんぼえいやら知れん。」 ふと、そこへ、その子の親達が帰りかけに顔を出した。じいさんとばあさんとは、不意打ちにうろたえて頭ばかり下げた。・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・しかし大学にある間だけの費用を支えるだけの貯金は、恐ろしい倹約と勤勉とで作り上げていたので、当人は初めて真の学生になり得たような気がして、実に清浄純粋な、いじらしい愉悦と矜持とを抱いて、余念もなしに碩学の講義を聴いたり、豊富な図書館に入った・・・ 幸田露伴 「観画談」
・・・ だが、さすがにこの赤色別荘は、一銭の費用もかゝらないし、喜楽的などころか、毎日々々が鉄の如き規律のもとに過ぎてゆくのだ――然し、それは如何にも俺だちにふさわしいので、面白いと思っている。「さ、これから赤色体操を始めるんだぞ。」・・・ 小林多喜二 「独房」
出典:青空文庫