・・・ じゃどこかほかへ載せて貰います。広い世の中には一つくらい、わたしの主張を容れてくれる婦人雑誌もあるはずですから。 保吉の予想の誤らなかった証拠はこの対話のここに載ったことである。・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・僕はいつもその落葉を拾い、本の中に挾んだのを覚えている。それからまたある円顔の女生徒が好きになったのも覚えている。ただいかにも不思議なのは今になって考えてみると、なぜ彼女を好きになったか、僕自身にもはっきりしない。しかしその人の顔や名前はい・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・ しかしT君は腰をかがめ、芝の上の土を拾いながら、もう一度僕の言葉に反対した。「これは壁土の落ちたのじゃない。園芸用の腐蝕土だよ。しかも上等な腐蝕土だよ。」 僕等はいつか窓かけを下した硝子窓の前に佇んでいた。窓かけは、もちろん蝋・・・ 芥川竜之介 「悠々荘」
・・・彼はそこを飛び出して行って畑の中の広い空間に突っ立って思い存分の呼吸がしたくてたまらなくなった。壁訴訟じみたことをあばいてかかって聞き取らねばならないほど農場というものの経営は入り組んでいるのだろうか。監督が父の代から居ついていて、着実で正・・・ 有島武郎 「親子」
・・・物慣れた馬は凸凹の山道を上手に拾いながら歩いて行った。馬車はかしいだり跳ねたりした。その中で彼れは快い夢に入ったり、面白い現に出たりした。 仁右衛門はふと熟睡から破られて眼をさました。その眼にはすぐ川森爺さんの真面目くさった一徹な顔が写・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・毎日三人で焼けあとに出かけていって、人足の人なんかに、じゃまだ、あぶないといわれながら、いろいろのものを拾い出して、めいめいで見せあったり、取りかえっこしたりした。 火事がすんでから三日めに、朝目をさますとおばあさまがあわてるようにポチ・・・ 有島武郎 「火事とポチ」
・・・別荘の周囲が何となく何時もより広いような心持がする。 その内全く夜になった。犬は悲しげに長く吠えた。その声はさも希望のなさそうな、単調な声であった。その声を聞くものは、譬えば闇の夜が吐く溜息を聞くかと思った。その声を聞けば、何となく暖か・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・「そうかい、此家は広いから、また迷児にでもなってると悪い、可愛い坊ちゃんなんだから。」とぴたりと帯に手を当てると、帯しめの金金具が、指の中でパチリと鳴る。 先刻から、ぞくぞくして、ちりけ元は水のような老番頭、思いの外、女客の恐れぬを・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・かつて少年の頃、師家の玄関番をしていた折から、美しいその令夫人のおともをして、某子爵家の、前記のあたりの別荘に、栗を拾いに来た。拾う栗だから申すまでもなく毬のままのが多い。別荘番の貸してくれた鎌で、山がかりに出来た庭裏の、まあ、谷間で。御存・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・……あまつさえ、目の赤い親仁や、襤褸半纏の漢等、俗に――云う腸拾いが、出刃庖丁を斜に構えて、この腸を切売する。 待て、我が食通のごときは、これに較ぶれば処女の膳であろう。 要するに、市、町の人は、挙って、手足のない、女の白い胴中を筒・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
出典:青空文庫