・・・……骨董屋は疾に夜遁げをしたとやらで、何の効もなく、日暮方に帰ったが、町端まで戻ると、余りの暑さと疲労とで、目が眩んで、呼吸が切れそうになった時、生玉子を一個買って飲むと、蘇生った心地がした。……「根気の薬じゃ。」と、そんな活計の中から・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・という白粉を製し、これが大当りに当った、祝と披露を、枕橋の八百松で催した事がある。 裾を曳いて帳場に起居の女房の、婀娜にたおやかなのがそっくりで、半四郎茶屋と呼ばれた引手茶屋の、大尽は常客だったが、芸妓は小浜屋の姉妹が一の贔屓だったから・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・かつて少年の頃、師家の玄関番をしていた折から、美しいその令夫人のおともをして、某子爵家の、前記のあたりの別荘に、栗を拾いに来た。拾う栗だから申すまでもなく毬のままのが多い。別荘番の貸してくれた鎌で、山がかりに出来た庭裏の、まあ、谷間で。御存・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・湧いて響くのが一粒ずつ、掌に玉を拾うそうに思われましたよ。 あとへ引返して、すぐ宮前の通から、小橋を一つ、そこも水が走っている、門ばかり、家は形もない――潜門を押して入ると――植木屋らしいのが三四人、土をほって、運んでいました。」 ・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・ 落雁を寄進の芸妓連が、……女中頭ではあるし、披露めのためなんだから、美しく婀娜なお藻代の名だけは、なか間の先頭にかき込んでおくのであった。 ――断るまでもないが、昨日の外套氏の時の落雁には、もはやお藻代の名だけはなかった。――・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・朝の潮干には蛤をとり夕浜には貝を拾う。月待草に朝露しとど湿った、浜の芝原を無邪気な子どもを相手に遊んでおれば、人生のことも思う機会がない。 あってみない前の思いほどでなく、お光さんもただ懇切な身内の人で予も平気なればお光さんも平気であっ・・・ 伊藤左千夫 「紅黄録」
・・・ 疲労の度が過ぐればかえって熟睡を得られない。夜中幾度も目を覚す。僅かな睡眠の中にも必ず夢を見る。夢はことごとく雨の音水の騒ぎである。最も懊悩に堪えないのは、実際雨が降って音の聞ゆる夜である。わが財産の主脳であるところの乳牛が、雨に濡れ・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・僕が家庭の面倒や、女の関係や、またそういうことに附随して来るさまざまの苦痛と疲労とを考えれば、いッそのこと、レオナドのように、独身で、高潔に通した方が幸福であったかと、何となく懐かしいような気がする。しかし、また考えると、高潔でよく引き締っ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ 吉弥はすぐ乗り気になって、いよいよそうと定まれば、知り合いの待合や芸者屋に披露して引き幕を贈ってもらわなければならないとか、披露にまわる衣服にこれこれかかるとか、かの女も寝ころびながら、いろいろの注文をならべていたが、僕は、その時にな・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・「僕たちだって、そのかわり、くりや、どんぐりを、拾うことができないのだから、おんなじこった。」と、三郎さんは思いました。 三郎さんが、孝二くんの送ってくれた、どんぐりを、学校へ持ってゆくと、さあたいへんでした。みんなは、珍しがって、・・・ 小川未明 「おかめどんぐり」
出典:青空文庫