・・・同じ火の芸術の人で陶工の愚斎は、自分の作品を窯から取出す、火のための出来損じがもとより出来る、それは一々取っては抛げ、取っては抛げ、大地へたたきつけて微塵にしたと聞いています。いい心持の話じゃありませんか。」「ムム、それで六兵衛一家の基・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・と他の意に逆らわぬような優しい語気ではあるが、微塵も偽り気は無い調子で、しみじみと心の中を語った。 そこで互に親み合ってはいても互に意の方向の異っている二人の間に、たちまち一条の問答が始まった。「どこへでも出て辛棒をするって、そ・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・ いちばん高級な読書の仕方は、鴎外でもジッドでも尾崎一雄でも、素直に読んで、そうして分相応にたのしみ、読み終えたら涼しげに古本屋へ持って行き、こんどは涙香の死美人と交換して来て、また、心ときめかせて読みふける。何を読むかは、読者の権利で・・・ 太宰治 「一歩前進二歩退却」
・・・「や、美人を雇いやがった。こいつあ、凄い」 と客のひとりが言いました。「誘惑しないで下さいよ」とご亭主は、まんざら冗談でもないような口調で言い、「お金のかかっているからだですから」「百万ドルの名馬か?」 ともうひとりの客・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・要するに、微塵「これはひどいですねえ。」私は思わず嘆声を発した。「ひどいだろう? 呆れたろう。」「いいえ、あなたの朱筆のほうがひどいですよ。僕の文章は、思っていた程でも無かった。狡智の極を縦横に駆使した手紙のような気がしていたの・・・ 太宰治 「誰」
・・・人間としての偉さなんて、私には微塵も無い。偉い人間は、咄嗟にきっぱりと意志表示が出来て、決して負けず、しくじらぬものらしい。私はいつでも口ごもり、ひどく誤解されて、たいてい負けて、そうして深夜ひとり寝床の中で、ああ、あの時にはこう言いかえし・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・勝つか負けるかのおののきなどは、微塵もない。そうして、そののっぺら棒がご自慢らしいのだからおそれ入る。 どだい、この作家などは、思索が粗雑だし、教養はなし、ただ乱暴なだけで、そうして己れひとり得意でたまらず、文壇の片隅にいて、一部の物好・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・きのうの豪雨で山の水源地は氾濫し、濁流滔々と下流に集り、猛勢一挙に橋を破壊し、どうどうと響きをあげる激流が、木葉微塵に橋桁を跳ね飛ばしていた。彼は茫然と、立ちすくんだ。あちこちと眺めまわし、また、声を限りに呼びたててみたが、繋舟は残らず浪に・・・ 太宰治 「走れメロス」
・・・たとえば歌麿の美人一代五十三次の「とつか」では、二人の女の髷の頂上の丸んだ線は、二人の襟と二つの団扇に反響して顕著なリズムを形成している。写楽の女の変な目や眉も、これが髷の線の余波として見た時に奇怪な感じは薄らいでただ美しい節奏を感じさせる・・・ 寺田寅彦 「浮世絵の曲線」
・・・ヒロインの美人ナヴァラナの顔が郷里の田舎で子供の時分に親しかった誰かとそっくりのような気がすることから考えると、日本人の中に流れている血がいくらかはこの土人の間にも流れているのではないかという気がする。ある場面に出て来る小さな男の子にもどう・・・ 寺田寅彦 「映画雑感6[#「6」はローマ数字、1-13-26]」
出典:青空文庫