・・・「体裁だけはすこぶる美事なものさ。しかし内心はあの下女よりよっぽどすれているんだから、いやになってしまう」「そうかね。じゃ、僕もこれから、ちと剛健党の御仲間入りをやろうかな」「無論の事さ。だからまず第一着にあした六時に起きて……・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・男子の不品行は既に一般の習慣となりて、人の怪しむ者なしというといえども、人類天性の本心において、自ら犯すその不品行を人間の美事として誇る者はあるべからず。否百人は百人、千人は千人、皆これを心の底に愧じざるものなし。内心にこれを愧じて外面に傲・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・だの「才能」だの美辞は横溢しているくせに、級の幹事が、ここで女教師代用で、髪形のことや何かこせこせした型をおしつけた。その頃の目白は、大学という名ばかりで、学生らしい健全な集団性もなく、さりとて大学らしい個性尊重もされていなかった。 学・・・ 宮本百合子 「女の学校」
・・・ のびにのびた髪の毛が、白い地に美事な巻毛になって居て、絹の中に真綿を入れてくくった様な耳朶の後には、あまった髪の端が飾りの様に拡がって居た。 華やかな衣の中で、長閑らしく、首を動かしたり、咲いた許りの花の様な手を、何か欲しげに袖か・・・ 宮本百合子 「暁光」
・・・そのとき、夫人は大変よろこんで、実に美事な白藤の大鉢を祝って下すった。 房々と白い花房を垂れ、日向でほのかに匂う三月の白藤の花の姿は、その後間もなく時代的な波瀾の裡におかれた私たち夫婦の生活の首途に、今も清々として薫っている。 その・・・ 宮本百合子 「白藤」
・・・今日の常識は、架空の心がまえや美辞を千万遍くりかえしたところで、孤独な母、妻の生活の安定は得られないことを知っている。生活安定の基礎である経済事情を眺めたとき、日本じゅうの律気な生活者の誰にとって、現在が安定しているといえるだろう。経済破壊・・・ 宮本百合子 「世界の寡婦」
・・・――どうだ。美事な、自然らしい悪意には、我ながら感服の外はない。ミーダ 愉しめ! 愉しめ! 押しこめに会っていた本能の野獣ども。今日は火の中のワルプルギスだ。如何に醜悪な罪証も寛大な焔が押し包んで焼き消して呉れる。心に遺る罪証の陰気な溜・・・ 宮本百合子 「対話」
・・・それを、「梶は日本の変化の凄まじさを今更美事だとまたここでも感服する」というのは、いかがしたことであろうか。「厨房日記」をよむと、この作者が外国でも日本でも、質のよくない情報者というか、消息通にかこまれていることがはっきり分る。それらの・・・ 宮本百合子 「「迷いの末は」」
・・・既にロシアの党は美事に、このことを示し得た。 今や、第二の革命と戦争の時代において、日本プロレタリアートの前におかれている任務の重大さは、まさに、かつてのロシア・プロレタリアートの任務にも匹敵するほどのものだ。我々の前には、世界帝国主義・・・ 宮本百合子 「労働者農民の国家とブルジョア地主の国家」
・・・どんなに美事に着飾ろうとも、女は三界に家なきものとされた。娘の時は父の家。嫁しては夫の家。老いては子の家。それらの家に属する女として存在するばかりで、彼女自身の家というものは認められなかった。しかも、その彼女たちのものならぬ「家」の経営のた・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
出典:青空文庫