・・・あなたは美男子よ。いいお顔だわ。きのうおいでになったとき、私、すぐ。」「よせ、よせ。僕におだては、きかないよ。」「あら、ほんと。ほんとうよ。」「君は酔っぱらってるね。」「ええ、酔っぱらってるの。そして、もっと、酔っぱらうの。・・・ 太宰治 「断崖の錯覚」
・・・私の両側に立っている二人の美男子に、見覚えがあるでしょう? そうです、映画俳優です。Yと、Tです。それから、前にしゃがんでいる二人の婦人にも、見覚えがあるでしょう? そうです、女優のKとSです。おどろいたでしょう。これはね、私が大学へはいっ・・・ 太宰治 「小さいアルバム」
・・・まことに美談というべきである。たのもしい心がけである。もちろん之は、ただちに上司にも報告するつもりである。ただいま、その者の名を呼びます。その者は、この五百人の会員全部に聞えるように、はっきりと、大きな声で返辞をしなさい。」 まことに奇・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・国、否全世界が救われるであろうと、大見得を切って、救われないのは汝等がわが言に従わないからだとうそぶき、そうして一人のおいらんに、振られて振られて振られとおして、やけになって公娼廃止を叫び、憤然として美男の同志を殴り、あばれて、うるさがられ・・・ 太宰治 「トカトントン」
・・・いいことだ。美談だ。しかし、僕が外から声をかけたとたんに、お前はふっと姿をかき消したが、あれは、どういうご親切からなんだい? いやだったからです。 へんだね。いったい、なんとお答えしたらいいのです。 まあ、いいや。よそう。つ・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・それはね、僕が美男子であるという理由からに違いない。」 みんな大笑いしました。「いや、冗談じゃない。君たちには気がつかなかったかね。僕は、真直を見て歩いていても、あの薄暗い隅に寝そべっている浮浪者の殆ど全部が、端正な顔立をした美男子・・・ 太宰治 「美男子と煙草」
・・・ けれども、その美談は決して嘘ではない。たしかに、そのような事実が、この世に在ったのである。 ここに作者の幻想の不思議が存在する。事実は、小説よりも奇なり、と言う。しかし誰も見ていない事実だって世の中には、あるのだ。そうして、そのよ・・・ 太宰治 「一つの約束」
・・・乙彦は、荒んだ皮膚をして、そうして顔が、どこか畸形の感じで、決して高須のような美男ではなかった。けれども、いま、このバアの薄暗闇で、ふと見ると、やはり、似ている。数枝には、血のつながりというものが、ひどく、いやらしく、気味わるいものに思われ・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・まるまると白く太った美男の、肩を力一杯ゆすってやって、なまけもの! と罵った。眼のさめて在る限り、枕頭の商法の教科書を百人一首を読むような、あんなふしをつけて大声で読みわめきつづけている一受験狂に、勉強やめよ、試験全廃だ、と教えてやったら、・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・ わが終生の祈願 天にもとどろきわたるほどの、明朗きわまりなき出世美談を、一篇だけ書くこと。 わが友 ひとこと口走ったが最後、この世の中から、完全に、葬り去られる。そんな胸の奥の奥にしまってい・・・ 太宰治 「碧眼托鉢」
出典:青空文庫