・・・初期微動があまり激しかったのでそれが主要動であると思っているうちに本当の主要動がやって来たときは少しはびっくりしない訳に行かなかった。しかしその最初の数秒の経過と、あの建物の揺れ工合とを見てからもうすっかり安心してしまった。そうしてすべての・・・ 寺田寅彦 「家庭の人へ」
・・・ そばにならんですわって、竹ばしをけずっている母親が、びっくりしてきく。三吉は首をふって、ごまかすために自分の本箱のところへいって、小野からの手紙などとって、仕事場にもどってくる。――どうして、若い女にみられるのが、こんなにはずかしいだ・・・ 徳永直 「白い道」
・・・尤も日本の女が外から見える処で行水をつかうのは、『阿菊さん』の著者を驚喜せしめた大事件であるが、これはわざわざ天下堂の屋根裏に登らずとも、自分は山の手の垣根道で度々出遇ってびっくりしているのである。この事を進めていえば、これまで種々なる方面・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・ だが彼は今度はびっくりした。「ナアに、俺たちに一人ずつ跟いて来たんだよ。余り数が多いから一々顔が覚えてられねえんだよ。向うだって引継ぎの時にゃ、間誤つくだろうよ。ほら」 少年は通路に立っている乗客の方を、顎でしゃくって見せ・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・ 折よく入ッて来た小万は、吉里の様子にびっくりして、「えッ、どうおしなの」「どうしたどころじゃアない。早くどうかしてくれ。どうも非常な力だ」「しッかりおしよ。吉里さんしッかりおしよ。反ッちゃアいけないのに、あらそんなに反ッちゃア・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・そしてにわかに向こうの楢の木の下を見てびっくりして立ちどまります。「あっ、あれなんだろう。あんなところにまっ白な家ができた」「家じゃない山だ」「昨日はなかったぞ」「兵隊さんにきいてみよう」「よし」 二疋の蟻は走ります・・・ 宮沢賢治 「ありときのこ」
・・・ ふき子は、びっくりしたように、「あら本気なの、陽ちゃん」といった。「本気になりそうだわ――ある? そんな家……もし本当にさがせば」「そりゃあってよ、どこだって貸すわ、でも――もし来るんならそんなことしないだって、家へい・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・ 閭はびっくりして、背中に冷や汗が出た。「お頭痛は」と僧が問うた。「あ。癒りました」実際閭はこれまで頭痛がする、頭痛がすると気にしていて、どうしても癒らせずにいた頭痛を、坊主の水に気を取られて、取り逃がしてしまったのである。・・・ 森鴎外 「寒山拾得」
・・・でもわたしびっくりしたので、いまだに動悸がしますわ。ひどく打ったのに、痛くもなんともないのですもの。ちょうどそっと手をさすってくれたようでしたわ。真っ赤な、ごつごつした手でしたのに、脣が障ったようでしたわ。そうでなけりゃ心の臓が障ったようで・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・その度にびっくりして目を開く。目を開いてはこの気味の悪い部屋中を見廻す。どこからか差す明りが、丁度波の上を鴎が走るように、床の上に影を落す。 突然さっき自分の這入って来た戸がぎいと鳴ったので、フィンクは溜息を衝いた。外の廊下の鈍い、薄赤・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
出典:青空文庫