・・・――実は旅の事欠けに、半紙に不自由をしたので、帳場へ通じて取寄せようか、買いに遣ろうかとも思ったが、式のごとき大まかさの、のんびりさの旅館であるから、北国一の電話で、呼寄せていいつけて、買いに遣って取寄せる隙に、自分で買って来る方が手取早い・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・ 私の心はなんだかびりりとしました。知るということと行うということとに何ら距りをつけないと云った生活態度の強さが私を圧迫したのです。単にそればかりではありません。私は心のなかで暗にその調停者の態度を是認していました。更に云えば「その人の・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・ 豪胆で殺伐なことが好きで、よく銃剣を振るって、露西亜人を斬りつけ、相手がない時には、野にさまよっている牛や豚を突き殺して、面白がっていた、鼻の下に、ちょんびり髭を置いている屋島という男があった。「こういうこた、内地へ帰っちゃとても・・・ 黒島伝治 「雪のシベリア」
・・・そして、最初箸の先にちょんびり肴を挾んで左手の掌にそれを置いて口にもってゆくとき、龍介をちょっとぬすみ見て、身体を少しくねらし、顔をわきにむけて、食べた。彼はすぐまた酒をついでやった。女はまたさかなを食った。章魚の方にも箸をつけた。腹が減っ・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・しかしこのシガーの競技は可能であるのみならず、どこかに実にのんびりした超時代的の妙味があるようである。ただこの競技の審査官はいかにも御苦労千万の次第である。だれかしかるべき文学者がこの競技の光景を描いたものがあれば読んでみたいものである。・・・ 寺田寅彦 「記録狂時代」
・・・学校ではわりに成績のよかった自分が、学校ではいつもびりに近かった亀さんを尊敬しない訳には行かなかった。学校で習うことは、誰でも習いさえすれば覺えることであり、一とわたりは言葉で云い現わすことの出来るような理窟の筋道の通ったことばかりであった・・・ 寺田寅彦 「重兵衛さんの一家」
・・・ するとじいさんの眼だまから、虎のように青い火花がぱちぱちっとでたとおもうと、恭一はからだがびりりっとしてあぶなくうしろへ倒れそうになりました。「ははあ、だいぶひびいたね、これでごく弱いほうだよ。わしとも少し強く握手すればまあ黒焦げ・・・ 宮沢賢治 「月夜のでんしんばしら」
・・・と仁王立になった信玄と、ちょんびり、出立の用意を命じて思い入れした信玄とが短くつながって幕になってしまったのである。 早苗の死、其に連関して全く消極の働きを起した老傅役の自殺、子義信の反乱が、信玄の心にどう影響したか。自分は其が知りたか・・・ 宮本百合子 「印象」
・・・恥かしい気もうじうじする気も私の心の隅にはちょんびりも生れて来なかった。 御供をし又それを静かに引いて柩は再び皆の手に抱かれて馬車にのせられ淋しい砂利路を妹の弟と身内の誰彼の眠って居る家の墓地につれられた。 赤子のままでこの世を去っ・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・お母上のお手紙は、この間はじめてどことなく暢びりした調子でかかれてあったので、よかったと思いました。お話のあった手続のこと、私の分だけはもうすみました。御安心下さい。 初めてのお手紙で、あなたの体に注意していらっしゃること、その他、はっ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫