・・・そんな動機からぴしぴし離縁状など出されては、相手が困るでしょう」 惣治は兄の論法に苦笑を感じた。五 四月も暮れ、五月も経って行った。彼は相変らず薄暗い書斎に閉籠って亡霊の妄想に耽っていたが、いつまでしてもその亡霊は紙に現・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・と言いながら、馬車使は、ぴしんとむちで肉屋をなぐり、馬にもぴしぴしむちをあてて、かけ出そうとしました。「ちきしょう、人をぶちゃァがったな。」と言いながら、肉屋は、すとんと馬車使を引きずりおろしてつきはなし、馬の口をもって、むりやりに店先・・・ 鈴木三重吉 「やどなし犬」
・・・蟹にしておいたがね、ぴしぴし遠慮なく使うがいい。おい。きさまこの穴にはいって行け。」タネリはこわくてもうぶるぶるふるえながらそのまっ暗な孔の中へはい込んで行きましたら、ほんとうに情けないと思いながらはい込んで行きましたら犬神はうしろから砂を・・・ 宮沢賢治 「サガレンと八月」
・・・きつい雨で、見ていると大事な空地の花壇の青紫蘇がぴしぴし雨脚に打たれて撓う。そればかりか、力ある波紋を描きつつはけ道のない雨水が遂にその空地全体を池のようにしてしまった。こんもり高くして置いた青紫蘇の根元の土でさえ次第に流され、これは今にも・・・ 宮本百合子 「雨と子供」
出典:青空文庫