・・・その上おれは一年ほどたつと、この島の風土にも慣れてしまった。が、忌々しさを忘れるには、一しょに流された相手が悪い。丹波の少将成経などは、ふさいでいなければ居睡りをしていた。」「成経様は御年若でもあり、父君の御不運を御思いになっては、御歎・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・ その人の生れたところの風土や、また生活状態等が文章と離れることのできない有機的関係を持つといわれるのも、考えれば、当然のことであります。私達はそこに、文章の面白味を知り、また個々の性格を知り多元的な生存の特質を知り、さらに人生の何たる・・・ 小川未明 「読むうちに思ったこと」
・・・ 馴れぬ風土の寒風はひとしおさすらいの身に沁み渡り、うたた脾肉の歎に耐えないのであったが、これも身から出た錆と思えば、落魄の身の誰を怨まん者もなく、南京虫と虱に悩まされ、濁酒と唐辛子を舐めずりながら、温突から温突へと放浪した。 しか・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・あえて佐伯をもって湖畔詩人の湖国と同一とはいわない、しかし湖国の風土を叙して そこには雨、心より降り、晴るる時、一段まばゆき天気を現わし、鳴らざりし泉は鳴り、響かざりし滝は響き、泉も滝も、水あふるれど少しも濁らず、波も泡も澄み渡り青・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・それでたとえば昔、広重や歌麿が日本の風土と人間を描写したような独創的な見地から日本人とその生活にふさわしい映画の新天地を開拓し創造するような映画製作者の生まれるまでにはいったいまだどのくらいの歳月を待たなければならないか、今のところ全く未知・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・ それは疑問としてもその上にまだ山川風土でありとあらゆる多様のタイプを具備している。実際千島カラフトの果てから台湾の果てまで数えれば、気候でもまず文化民の生活に適する限り一通りはそろっている。こういう珍しい千代紙式に多様な模様を染め付け・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
われわれのように地球物理学関係の研究に従事しているものが国々の神話などを読む場合に一番気のつくことは、それらの説話の中にその国々の気候風土の特徴が濃厚に印銘されており浸潤していることである。たとえばスカンディナヴィアの神話・・・ 寺田寅彦 「神話と地球物理学」
・・・二千年の歴史によって代表された経験的基礎を無視して他所から借り集めた風土に合わぬ材料で建てた仮小屋のような新しい哲学などはよくよく吟味しないと甚だ危ないものである。それにもかかわらず、うかうかとそういうものに頼って脚下の安全なものを棄てよう・・・ 寺田寅彦 「津浪と人間」
・・・製作のミリウ〔milieu 環境〕がちがうとは云え、培養された風土民俗が違うとは云ってもあまりに著しい相違である。同じような原始的芸術から進化する途中に偶然分れた二つ道が幾千年の後に再びここに相会してお互いに驚き合っているような気もする。ソ・・・ 寺田寅彦 「帝展を見ざるの記」
・・・現在の日本はカラフト国境から台湾まで連なる島環の上にあって亜熱帯から亜寒帯に近いあらゆる気候風土を包含している。しかしそれはごく近代のことであって、日清戦争以前の本来の日本人を生育して来た気候はだいたいにおいて温帯のそれであった。そうしてい・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
出典:青空文庫