・・・夏草の茂った中に、高さはただ草を抽いて二三尺ばかりだけれども、広さおよそ畳を数えて十五畳はあろう、深い割目が地の下に徹って、もう一つ八畳ばかりなのと二枚ある。以前はこれが一面の目を驚かすものだったが、何の年かの大地震に、坤軸を覆して、左右へ・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・それもあとで聞いたので、小県がぞッとするまで、不思議に不快を感じたのも、赤い闖入者が、再び合掌して席へ着き、近々と顔を合せてからの事であった。樹から湧こうが、葉から降ろうが、四人の赤い子供を連れた、その意匠、右の趣向の、ちんどん屋……と奥筋・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ 伯父なる人は顧みて角燈の影を認むるより、直ちに不快なる音調を帯び、「巡査がどうした、おまえなんだか、うれしそうだな」 と女の顔を瞻れる、一眼盲いて片眼鋭し。女はギックリとしたる様なり。「ひどく寂しゅうございますから、もう一・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・浅いか深いかわからぬが深いには相違ない。平生見つけた水の色ではない、予はいよいよ現世を遠ざかりつつゆくような心持ちになった。「じいさん、この湖水の水は黒いねー、どうもほかの水とちがうじゃないか」「ヘイ、この海は澄んでも底がめいません・・・ 伊藤左千夫 「河口湖」
・・・近隣親族の徒が、この美しい寝顔の前で埋葬を議することを、痛く不快に感じた。自分もつまりはそれに従うのほかないのであってみれば、自分もやはり世間一流の人間に相違ないのだ。自分はこう考えて、浮かぶことのできない、とうてい出ずることのできない、深・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・と、僕は軽く答えたが、あまりに人を見くびった言い分を不快に感じた。 しかし、割合いにすれていない主人のことであるし、またその無愛嬌なしがみッ面は持ち前のことであるから、思ったままを言ったのだろうと推察してやれば、僕も多少正直な心になった・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ことに最後の文句などには、深い呼吸が伴っているように聴えた。その「可哀そうじゃアないか」は、青木を出しに田島自身のことを言っていたのだろうが、吉弥は何の思いやりもなく、大変強く当っていた。かの女の浅はかな性質としては、もう、国府津に足を洗う・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・晩年変態生活を送った頃は年と共にいよいよ益々老熟して誰とでも如才なく交際し、初対面の人に対してすらも百年の友のように打解けて、苟にも不快の感を与えるような顔を決してしなかったそうだ。 が、この円転滑脱は天禀でもあったが、長い歳月に段々と・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・椿岳小伝はまた明治の文化史の最も興味の深い一断片である。 椿岳の名は十年前に日本橋の画博堂で小さな展覧会が開かれるまでは今の新らしい人たちには余り知られていなかった。展覧会が開かれても、案内を受けて参観した人は極めて小部分に・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・カーライルのいったとおり「何でもよいから深いところへ入れ、深いところにはことごとく音楽がある」。実にあなたがたの心情をありのままに書いてごらんなさい、それが流暢なる立派な文学であります。私自身の経験によっても私は文天祥がドウ書いたか、白楽天・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
出典:青空文庫