・・・もしわれにして、汝ら沙門の恐るる如き、兇険無道の悪魔ならんか、夫人は必ず汝の前に懺悔の涙をそそがんより、速に不義の快楽に耽って、堕獄の業因を成就せん」と。われ、「るしへる」の弁舌、爽なるに驚きて、はかばかしく答もなさず、茫然としてただ、その・・・ 芥川竜之介 「るしへる」
・・・ 案内をして、やがて三由屋の女中が、見えなくなるが疾いか、ものをいうよりはまず唇の戦くまで、不義ではあるが思う同士。目を見交したばかりで、かねて算した通り、一先ず姿を隠したが、心の闇より暗かった押入の中が、こう物色の出来得るは、さて・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・「御覧なさい――不義の子の罰で、五つになっても足腰が立ちません。」「うむ、起て。……お起ち、私が起たせる。」 と、かッきと、腕にその泣く子を取って、一樹が腰を引立てたのを、添抱きに胸へ抱いた。「この豆府娘。」 と嘲りなが・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・――あのね、実はね、今夜あたり紀州のあの坊さんに、私が抱かれて、そこへ、熊沢だの甘谷だのが踏込んで、不義いたずらの罪に落そうという相談に……どうでも、と言って乗せられたんです。 ……あの坊さんは、高野山とかの、金高なお宝ものを売りに出て・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・(おのれ、不義もの……人畜生と代官婆が土蜘蛛のようにのさばり込んで、(やい、……動くな、その状を一寸でも動いて崩すと――鉄砲だぞよ、弾丸と言う。にじり上がりの屏風の端から、鉄砲の銃口をヌッと突き出して、毛の生えた蟇のような石松が、目を光らし・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・後には省作が一筋に思い詰めて危険をも犯しかねない熱しような時もあったけれど、そこはおとよさんのしっかりしたところ、懇に省作をすかして不義の罪を犯すような事はせない。 おとよさんの行為は女子に最も卑しむべき多情の汚行といわれても立派な弁解・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・ が、この不しだらな夫人のために泥を塗られても少しも平時の沈着を喪わないで穏便に済まし、恩を仇で報ゆるに等しいYの不埒をさえも寛容して、諄々と訓誡した上に帰国の旅費まで恵み、あまつさえ自分に罪を犯した不義者を心から悔悛めさせるための修養書を・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・それでわれわれのなすべきことはいつでも少数の正義の方に立って、そうしてその正義のために多勢の不義の徒に向って石撃をやらなければなりません。もちろんかならずしも負ける方を助けるというのではない。私の望むのは少数とともに戦うの意地です。その精神・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・(馬太伝二十四章・馬可は是猶太思想の遺物なりと称して、之を以てイエスの熱心を賞揚すると同時に彼の思想の未だ猶太思想の旧套を脱卻する能わざりしを憐む、彼等は神の愛を説く、其怒を言わない、「それ神の震怒は不義をもて真理を抑うる人々に向って天より・・・ 内村鑑三 「聖書の読方」
私達は、この社会生活にまつわる不義な事実、不正な事柄、その他、人間相互の関係によって醸成されつゝある詐欺、利欲的闘争、殆んど枚挙にいとまない程の醜悪なる事実を見るにつけ、これに堪えない思いを抱くのであるが、それがために、果して人間その・・・ 小川未明 「人間否定か社会肯定か」
出典:青空文庫