・・・「何だかちっとも分らねえが、赤目鰒の腸さ、引ずり出して、たたきつけたような、うようよとしたものよ。 どす赤いんだの、うす蒼いんだの、にちにち舳の板にくッついているようだっけ。 すぽりと離れて、海へ落ちた、ぐるぐると廻っただがな、・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・ 御柱を低く覗いて、映画か、芝居のまねきの旗の、手拭の汚れたように、渋茶と、藍と、あわれ鰒、小松魚ほどの元気もなく、棹によれよれに見えるのも、もの寂しい。 前へ立った漁夫の肩が、石段を一歩出て、後のが脚を上げ、真中の大魚の鰓が、端を・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ 宮の入口に、新しい石の鳥居の前に立った、白い幟の下に店を出して、そこに鬻ぐは何等のものぞ。 河豚の皮の水鉄砲。 蘆の軸に、黒斑の皮を小袋に巻いたのを、握って離すと、スポイト仕掛けで、衝と水が迸る。 鰒は多し、また壮に膳に上・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・ 河豚の皮の水鉄砲。 蘆の軸に、黒斑の皮を小袋に巻いたのを、握って離すと、スポイト仕掛けで、衝と水が迸る。 鰒は多し、また壮に膳に上す国で、魚市は言うにも及ばず、市内到る処の魚屋の店に、春となると、この怪い魚を鬻がない処はない。・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・ええ、因果と業。不具でも、虫でもいい。鳶鴉でも、鮒、鰌でも構わない。その子を連れて、勧進比丘尼で、諸国を廻って親子の見世ものになったらそれまで、どうなるものか。……そうすると、気が易くなりました。」「ああ、観音の利益だなあ。」 つと・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・来るものも一生奉公の気なら、島屋でも飼殺しのつもり、それが年寄でも不具でもございません。 と異な声で、破風口から食好みを遊ばすので、十八になるのを伴れて参りました、一番目の嫁様は来た晩から呻いて、泣煩うて貴方、三月日には痩衰えて死ん・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・……不具だと言うのです。六本指、手の小指が左に二つあると、見て来たような噂をしました。なぜか、――地方は分けて結婚期が早いのに――二十六七まで縁に着かないでいたからです。(しかし、……やがて知事の妾 私はよく知っています――六本指な・・・ 泉鏡花 「雪霊記事」
・・・戸外の寂寞しいほど燈の興は湧いて、血気の連中、借銭ばかりにして女房なし、河豚も鉄砲も、持って来い。……勢はさりながら、もの凄いくらい庭の雨戸を圧して、ばさばさ鉢前の南天まで押寄せた敵に対して、驚破や、蒐れと、木戸を開いて切って出づべき矢種は・・・ 泉鏡花 「第二菎蒻本」
・・・自分が不具者だということも、子供が、不具者の子だから、みんなにばかにされるのだろうということも、父親がないから、ほかにだれも子供を育ててくれるものがないということも、よく知っていました。 それですから、いっそう子供に対する不憫がましたと・・・ 小川未明 「牛女」
・・・たゞ、みんなが不具者となった自身を省みないからです。知識あることを誇らんとする者があったなら、其の人は、同時に、真理を解するが故に、社会革命家でなければならない。知識があって、もし其の心がなかったなら、其の人は、あまりこの社会に価値のない人・・・ 小川未明 「草木の暗示から」
出典:青空文庫