・・・夜がふけるとともにお客がぽつぽつ見えはじめた。やはり雪は、私の傍を離れなかったけれど、他のお客に対する私の敵意が、私をすこし饒舌にした。場のにぎやかな空気が私を浮き浮きさせたからでもあったろう。「君、僕の昨日のとこね、あれ、君、僕を馬鹿・・・ 太宰治 「断崖の錯覚」
・・・家事の手伝いも、花壇の手入れも、お琴の稽古も、弟の世話も、なんでも、みんな馬鹿らしく、父や母にかくれて、こっそり蓮葉な小説ばかり読みふけるようになりました。小説というものは、どうしてこんなに、人の秘密の悪事ばかりを書いているのでしょう。私は・・・ 太宰治 「千代女」
・・・そして夜の更けるまで書きものをしていた。友達の旆騎兵中尉は、「なに、色文だろう」と、自ら慰めるように、跡で独言を言っていたが、色文なんぞではなかった。 ポルジイは非常な決心と抑えた怒とを以て、書きものに従事している。夕食にはいつも外へ出・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・暑いも寒いも、夜の更けるのも腹の減るのも一切感じないかと思われるような三昧の境地に入り切っている人達を見て、それでちっとも感激し興奮しないほどにわれわれの若い頭はまだ固まっていなかったのである。 大学へはいったらぜひとも輪講会に出席する・・・ 寺田寅彦 「科学に志す人へ」
・・・そうした夜は夜ふけるまでその話を分析したり総合したりして、最後に、その先輩と自分との境遇の相違という立場から、二人のめいめいの病気に対する処置をいずれも至当なものとして弁明しうるまで安眠しない事もあった。またたとえばある日たずねて来た二人が・・・ 寺田寅彦 「球根」
・・・ 十五日の晩は雨でお流れになるかと思ったらみんな本館の大広間へ上がって夜ふけるまで踊り続けていた。蓄音器の代わりに宿の女中の一人が歌っているということであった。人間のほうが器械の声よりもどんなに美しいか到底比較にならないのであるが、しか・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・また一方では純理的の興味から原理や事実の探究にのみ耽る人もある。中には両方面を併せて豊富に有っている多能な人もないではない。 ボーアのごときはむしろこの第二のタイプの学者であるように思われる。従って世間からうるさく取りすがられ駆使される・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・夜は会いませんでした。夜ふけるまで隣の室で低い話し声が聞こえていました。むすこはそれから三日目の晩食後に帰って行きましたが、その晩食の席で主婦がサンドウィッチをこしらえて新聞に包んでやりました。汽車の着くのは夜半だからといって、いちばん厚い・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・そのおかげで私は電車の中で難解の書物をゆっくり落ち付いて読みふける事ができる。宅にいれば子供や老人という代表的田舎者がいるので困るが、電車の中ばかりは全く閑静である。このような静かさは到底田舎では得られない静かさである。静か過ぎてあまりにさ・・・ 寺田寅彦 「田園雑感」
・・・宿の三階から見下ろす一町くらい先のある家で、夜更けるまで大声で歌い騒ぎ怒鳴り散らすのが聞こえた。雨戸をしめに来た女中がこの騒ぎを眺めながら「またお米があがったそうな」といった。聞いてみると、それは米相場をやる人の家で、この家の宴楽の声が米の・・・ 寺田寅彦 「夏」
出典:青空文庫