・・・ 何かしら絆が搦んでいるらしい、判事は、いずれ不祥のことと胸を――色も変ったよう、「どうかしたのかい、」と少しせき込んだが、いう言葉に力が入った。「煩っておりますので、」「何、煩って、」「はい、煩っておりますのでございま・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ ことごとく、これは土地の大名、城内の縉紳、豪族、富商の奥よりして供えたものだと聞く。家々の紋づくしと見れば可い。 天人の舞楽、合天井の紫のなかば、古錦襴の天蓋の影に、黒塗に千羽鶴の蒔絵をした壇を据えて、紅白、一つおきに布を積んで、・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・此方から推着けに、あれそれとも極められないから、とにかく、不承々々に、そうか、と一帆の頷いたのは、しかし観世音の廻廊の欄干に、立並んだ時ではない。御堂の裏、田圃の大金の、とある数寄屋造りがちょっと隠れて、気の着かぬ処に一室ある…… 数寄・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・半数十頭を回向院の庭へ揃えた時はあたかも九時であった。負傷した人もできた。一回に恐れて逃げた人もできた。今一回は実に難事となった。某氏の激励至らざるなく、それでようやく欠員の補充もできた。二回目には自分は最後に廻った。ことごとく人々を先に出・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
十年振りの会飲に、友人と僕とは気持ちよく酔った。戦争の時も出征して負傷したとは聴いていたが、会う機会を得なかったので、ようよう僕の方から、今度旅行の途次に、訪ねて行ったのだ。話がはずんで出征当時のことになった。「今の僕なら、君」と・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・また、師の発明工風中の空中飛行機を――まだ乗ってはいけないとの師の注意に反して――熱心の余り乗り試み、墜落負傷して一生の片輪になったのもある。そして、レオナドその人は国籍もなく一定の住所もなく、きのうは味方、きょうは敵国のため、ただ労働神聖・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・文人が社会を茶にしたり呪ったりするは文学の為めにもならなければ国家の為めにも亦不祥である。 そこで、左も右くも今日、文学が職業として成立し、多くの文人中には大臣の園遊会に招かれて絹帽を被って出掛けるものも一人や二人あるようになったのは、・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・そして、ほとんど、町の大半は全滅して、また負傷した人がたくさんありました。 この騒ぎに、あほう鳥の行方が、わからなくなりました。男はどんなにか、そのことを悲しんだでしょう。彼は、焼け跡に立って、終日、あほう鳥の帰ってくるのを待っていまし・・・ 小川未明 「あほう鳥の鳴く日」
・・・彼は負傷したことを故郷の親にも、老先生にも知らさなかったのです。孝経の中に身体髪膚受之父母。不敢毀傷孝之始也。と、いってあった。 彼は、自分の未だ至らぬのを心の中で、悔いたのでありました。・・・ 小川未明 「空晴れて」
・・・「大阪曾根崎署では十九日朝九時、約五十名の制服警官をくり出して梅田自由市場の煙草販売業者の一斉取締りを断行、折柄の雑沓の中で樫棒、煉瓦が入れ交つての大乱闘が行はれ重軽傷者数名を出した。負傷者は直ちに北区大同病院にかつぎ込み加療中。・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
出典:青空文庫