・・・とさも不審そうな顔色で井山がしょぼしょぼ眼を見張った。「何も不思議は無いサ、その頃はウラ若いんだからね、岡本君はお幾歳かしらんが、僕が同志社を出たのは二十二でした。十三年も昔なんです。それはお目に掛けたいほど熱心なる馬鈴薯党でしたがね、・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・と差出したのは封紙のない手紙である、大友は不審に思い、開き見ると、前略我等両人当所に於て君を待つこと久しとは申兼候え共、本日御投宿と聞いて愉快に堪えず、女中に命じて膳部を弊室に御運搬の上、大いに語り度く願い候神崎朝田・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・だが、納屋の蓆の下にでもかくしてあると思っていたものを、誰れの目にもつき易い台所に置いてあるのが、どういう訳か、清吉には一寸不審だった。 彼は返えす筈だった二反を風呂敷包から出して、自分の敷布団の下にかくした。出したあとの風呂敷包は、丁・・・ 黒島伝治 「窃む女」
・・・そこで「国際資本団体は夢中になって、敵手から一切の競争能力を奪わんと腐心し、鉄鉱又は油田等を買収せんと努力している。而して、敵手との闘争に於ける一切の偶発事に対して独占団体の成功を保証するものは、独り植民地あるのみである。」だから、資本家は・・・ 黒島伝治 「反戦文学論」
・・・思いがけなしで、何かと、ばあさんは不審そうに嫁の顔を見上げた。「そんな田舎縞を着ずに、こしらえてあげた着物を着なされ。」と、嫁より少しおくれて二階へ行きながら清三が云った。 ばあさんは、じいさんの前で包みを開けて見た。両人には派手す・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・「まあ、俄普請としては、こんなものです」と広瀬さんも食堂の内を歩き廻りながら、「お母さんも御承知の通り、今は寄席も焼け、芝居も焼けでしょう。娯楽という娯楽の機関は何もない時です。食物より外に誰も楽みがない。そこでこんな食堂の仕事ならば、・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・これについても、不審があります。たとえば、絶対収斂の場合、昔は順序に無関係に和が定るという意味に用いられていました。それに対して条件的という語がある。今では、絶対値の級数が収斂する意味に使うのです。級数が収斂し、絶対値の級数が収斂しないとき・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・スの三角帽やら仮面やら、デコレーションケーキやら七面鳥まで持ち込んで来て、四方に電話を掛けさせ、お知合いの方たちを呼び集め、大宴会をひらいて、いつもちっともお金を持っていない人なのにと、バーのマダムが不審がって、そっと問いただしてみたら、夫・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・さすがに、立派な普請だ。庭の眺めもいい。柊があるな。柊のいわれを知っているか」「知らない」「知らないのか?」と得意になり、「そのいわれは、大にして世界的、小にしては家庭、またお前たちの書く材料になる」 さっぱり言葉が、意味をなし・・・ 太宰治 「親友交歓」
・・・心細く感じながらも、ひとりでそっと床から脱け出しまして、てらてら黒光りのする欅普請の長い廊下をこわごわお厠のほうへ、足の裏だけは、いやに冷や冷やして居りましたけれど、なにさま眠くって、まるで深い霧のなかをゆらりゆらり泳いでいるような気持ち、・・・ 太宰治 「葉」
出典:青空文庫