・・・そう云えばこの麻利耶観音には、妙な伝説が附随しているのです。」「妙な伝説?」 私は眼を麻利耶観音から、思わず田代君の顔に移した。田代君は存外真面目な表情を浮べながら、ちょいとその麻利耶観音を卓子の上から取り上げたが、すぐにまた元の位・・・ 芥川竜之介 「黒衣聖母」
・・・ いわゆる中庸という迷信に付随しているような沈滞は、このごとき人の行く手にはさらに起こらない。その人が死んで倒れるまで、その前には炎々として焔が燃えている。心の奥底には一つの声が歌となるまでに漲り流れている。すべての疲れたる者はその人を・・・ 有島武郎 「二つの道」
・・・僕が家庭の面倒や、女の関係や、またそういうことに附随して来るさまざまの苦痛と疲労とを考えれば、いッそのこと、レオナドのように、独身で、高潔に通した方が幸福であったかと、何となく懐かしいような気がする。しかし、また考えると、高潔でよく引き締っ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・と父の筆で書いた行灯が掛っていたのだが、二三年前から婆さんの右の手が不随になってしまったので、髪結いもよしてしまったらしい。弟の新次は満洲へ、妹のユキノと、それからその下にもう一人できた腹違いの妹は二人とも嫁づいていて、その三人の仕送りが頼・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ これでこの一条の談は終りであるが、骨董というものに附随して随分種の現象が見られることは、ひとりこの談のみの事ではあるまい。骨董は好い、骨董はおもしろい。ただし願わくはスラリと大枚な高慢税を出して楽みたい。廷珸や正賓のような者に誰しも関・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・室に付随した歴史や故実などはベデカによらなければ全くわからないが、窓のながめのよしあしぐらいは自分の目で見つけ出し選択する自由を許してもらいたいような気もした。 ベデカというものがなかった時の不自由は想像のほかであろうが、しかしまれには・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・個体の死に付随する感傷的な哀詩などは考えないほうが健全でいいかもしれない。 工場のみならず至るところに安普請の家が建ちかかっているのがこのあいだじゅう目についていた。ひところ騒がしかった住宅難の解決がこんなふうにしてなしくずしについてい・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・臭気を部屋じゅうに発散しながら、こうした涅歯術を行なっている女の姿は決して美しいものではなかったが、それにもかかわらず、そういう、今日ではもう見られない昔の家庭の習俗の思い出には言い知れぬなつかしさが付随している。この「おはぐろの追憶」には・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・というものに付随しているから、これを知らせる場合に、非科学的な第二義的興味のために肝心の真を犠牲にしてはならないはずである。しかし実際の科学の通俗的解説には、ややもするとほんとうの科学的興味は閑却されて、不妥当な譬喩やアナロジーの見当違いな・・・ 寺田寅彦 「断水の日」
・・・一足二足進み寄るのを見ると足も片方不随であるらしい。 彼は私の顔を見て何遍となく頭を下げた。そしてしゃ嗄れた、胸につまったような声で、何事かしきりに云っているのであった。顔いっぱいに暑い日が当って汚れた額の創のまわりには玉のような汗が湧・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
出典:青空文庫