・・・その規約によると、誠心誠意主人のために働いた者には、解雇又は退隠の際、或は不時の不幸、特に必要な場合に限り元利金を返還するが、若し不正、不穏の行為其他により解雇する時には、返還せずというような箇条があった。たいてい、どこにでも主人が勝手にそ・・・ 黒島伝治 「砂糖泥棒」
・・・けれでも彼は妻に不正をすゝめる気持にはなれなかった。 四 お里が家から出て行ったあとで、清吉は、眼をつむって妻の心持を想像してみた。彼には、お里が子供のように思われた。久しく同棲しているうちに、彼は、妻の感覚や感情・・・ 黒島伝治 「窃む女」
・・・ロシアの娘にはメリケン兵の不正が理解せられないところだった。「これが偽札なら、あんた方がこしらえたんでしょう。そうにきまってる! どうしてアメリカ人に日本の偽札が拵えられるの?」「馬鹿云え、俺等が俺等の偽札を使うか!」彼等は裏から敵を落・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・それもその道理で、夫は今でこそ若崎先生、とか何とか云われているものの、本は云わば職人で、その職人だった頃には一通りでは無い貧苦と戦ってきた幾年の間を浮世とやり合って、よく搦手を守りおおさせたいわゆるオカミサンであったのであるし、それに元来が・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・、源三の亡くなった叔母と姉妹同様の交情であったので、我が親かったものの甥でしかも我が娘の仲好しである源三が、始終履歴の汚れ臭い女に酷い目に合わされているのを見て同情に堪えずにいた上、ちょうど無暗滅法に浮世の渦の中へ飛込もうという源三に出会っ・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・助け上げ今日観た芝居咄を座興とするに俊雄も少々の応答えが出来夜深くならぬ間と心むずつけども同伴の男が容易に立つ気色なければ大吉が三十年来これを商標と磨いたる額の瓶のごとく輝るを気にしながら栄えぬものは浮世の義理と辛防したるがわが前に余念なき・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・人の子の愛慾独占の汚い地獄絵、はっきり不正の心ゆえ、きょうよりのち、私、一粒の真珠をもおろそかに与えず、豚さん、これは真珠だよ、石ころや屋根の瓦とは違うのだよ、と懇切ていねい、理解させずば止まぬ工合いの、けちな啓蒙、指導の態度、もとより苦し・・・ 太宰治 「創生記」
・・・しかも裏の事実は一人の例外なしに、堂々、不正の天才、おしゃかさんでさえ、これら大人物に対しては旗色わるく、縁なき衆生と陰口きいた。 六唱 ワンと言えなら、ワンと言います「前略。手紙で失礼ですがお願いいたします。本社発・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・おくさんのように、ただもう、物事を正、不正と二つにわけようとしても、わけ切れるものではないんじゃないですか? よくわかりませんけれど、それでは、わたくしが何か間違いを起しても?それあいけません。どだい、不自然ですよ。それこそ、おくさ・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・盗賊が紳商に化けて泊っていた時の話、県庁の役人が漁師と同腹になって不正を働いた一条など、大方はこんな話を問わず語りに話した。中には哀れな話もあった。数年前の夏、二階に泊っていた若い美しい人の妻の、肺で死んだ臨終のさまなど、小説などで読めば陳・・・ 寺田寅彦 「嵐」
出典:青空文庫