・・・性は母性父性にまでひろがって、人間の性の正当なあつかいかたを求めて叫んでいると思う。精神の解放の証拠としての肉体解放というならば、それはとぐろをまいた肉体文学を突破して、先ず性の根元である生命の人間らしい愛と、その自主性の確立――少くとも戦・・・ 宮本百合子 「文学と生活」
・・・人を躾けるやり方についても、小さい不正の度重なる方が、まれに大きい不正を犯すよりは重大である、ということを見抜くのは、やはり算用である。大なるとがはまれであるが、小なるとがは日々に犯されるゆえに、ほっておけば習性になる。だから大きいとがは人・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
・・・ 探索隊は深い山の中をさがし回って、ようやく老夫婦を見いだしたが、その老夫婦は、この十七年来人に逢ったことわずかに二度であると語り、浮世に出て来ることを肯じなかった。探索隊の役人たちは、やむなく老夫婦を縛り上げ、笞うち、責めさいなんで、・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
・・・予はある不正のあることを予感した。反省が予の心に忍び込んだ。そこで打ち砕いた殻のなかに美味な漿液のあることを悟る機会が予の前に現われた。予はそれをつかむとともに豊富な人性の内によみがえった。―― そこに危機があった。そうして突破があった・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
・・・あたかも自分の上に降りかかった小さな出来事が何か大きい不正ででもあるかのように。――あの人たちを見ろ。静かに運命の前に首を垂れているあの人たちを見ろ。あれが人間だ。 ある暗示が私の胸に沁み入った。私は何かを呪うような気持ちになった先ほど・・・ 和辻哲郎 「停車場で感じたこと」
出典:青空文庫