・・・りのこのおばあさんは、二人のむすこが耕すささやかな畑地のほかに、窓越しに見るものはありませなんだが、おばあさんの窓のガラスは、にじのようなさまざまな色のをはめてあったから、そこからのぞく人間も世間も、普通のものとは異なっていました。まくらの・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・ 八年後、いまは姉にお金をねだることも出来ず、故郷との音信も不通となり、貧しい痩せた一人の作家でしかない私は、先日、やっと少しまとまった金が出来て、家内と、家内の母と、妹を連れて伊豆の方へ一泊旅行に出かけました。清水で降りて、三保へ行き・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・ても、夕食のお膳に大きい二合徳利がつけてあって、好意を無にするのもどうかと思い、私は大急ぎで飲むのでありますが、何せ醸造元から直接持って来て居るお酒なので、水など割ってある筈は無し、頗る純粋度が高く、普通のお酒の五合分位に酔うのでした。佐吉・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・当時、私は或る女の人と一軒、家を持っていて、故郷の人たちとは音信不通になっていたのであるが、中畑さんは、私の老母などからひそかに頼まれて、何かと間を取りついでくれていたのである。私も、女も、中畑さんの厚情に甘えて、矢鱈に我儘を言い、実にさま・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・「私は、十年も故郷へ帰らず、また、いまは肉親たちと音信さえ不通の有様なので、金木町のW様を、思い出すことが、できず、残念に存じて居ります。どなたさまで、ございましたでしょうか。おついでの折は、汚い家ですが、お立ち寄り下さい。」というようなこ・・・ 太宰治 「酒ぎらい」
・・・早くから、故郷の人たちとは、すべて音信不通になっていたのである。相続く故郷の不幸が、寝そべっている私の上半身を、少しずつ起してくれた。私は、故郷の家の大きさに、はにかんでいたのだ。金持の子というハンデキャップに、やけくそを起していたのだ。不・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・腓のところどころがずきずきと痛む。普通の疼痛ではなく、ちょうどこむらが反った時のようである。 自然と身体をもがかずにはいられなくなった。綿のように疲れ果てた身でも、この圧迫にはかなわない。 無意識に輾転反側した。 故郷のことを思・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・ものを云う事を覚えるのが普通より遅く、そのために両親が心配したくらいで、大きくなってもやはり口重であった。八、九歳頃の彼はむしろ控え目で、あまり人好きのしない、独りぼっちの仲間外れの観があった。ただその頃から真と正義に対する極端な偏執が目に・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・今度の暴風で畿内地方の電信が不通になったために、どれだけの不都合が全国に波及したかを考えてみればこの事は了解されるであろう。 これほどだいじな神経や血管であるから天然の設計に成る動物体内ではこれらの器官が実に巧妙な仕掛けで注意深く保護さ・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・第一、部分と全体とが仲違いをして音信不通の体である。短夜の明け方の夢よりもつかまえどころのない絵であると思った。そういう絵が院展に限らず日本画展覧会には通有である。一体日本画というものが本質的にそういうものなのか。つまり日本画というものはこ・・・ 寺田寅彦 「二科展院展急行瞥見記」
出典:青空文庫