・・・などという語があるが、奴や虜になるくらいなら、まだしも不能者になった方がましだとすら思った。が私がそう思うのと同時に、彼女の方でも私という人間がいかに情熱のない男であるかということを悟ったらしい。二人の意見は完全に一致して、私たちは時間の空・・・ 織田作之助 「髪」
・・・ 支那人は、抑圧せられ、駆逐せられてなお、余喘を保っている資本主義的分子や、富農や意識の高まらない女たちをめがけて、贅沢品を持ちこんでくるのだ。一足の絹の靴下に五ルーブルから、八ルーブルの金を取って帰って行く。そして国境外では、サヴエー・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・底知れぬほどの敗北感が、このようなほのかな愛のよろこびに於いてさえ、この男を悲惨な不能者にさせていた。ラヴ・インポテンス。飼い馴らされた卑屈。まるで、白痴にちかかった。二十世紀のお化け。鬚の剃り跡の青い、奇怪の嬰児であった。 とみにとん・・・ 太宰治 「花燭」
・・・慚愧、うちに居ること不能ゆえ、海へ散歩にいって来ます。承知とならば、玄関の電燈ともして置いて下さい。」 家人は、薬品に嫉妬していた。家人の実感に聞けば、二十年くらいまえに愛撫されたことございます、と疑わず断定できるほどのものであった・・・ 太宰治 「創生記」
・・・プウシュキンは三十六で死んでも、オネエギンをのこした。不能の文字なし、とナポレオンの歯ぎしり。 けれども仕事は、神聖の机で行え。そうして、花を、立ちはだかって、きっぱりと要求しよう。 立て。権威の表現に努めよ。おれは、いま、目の見え・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・ 私も実は同様、距離の測量に於いては不能者なのである。しかし、恋愛に阿呆感は禁物である。私は、科学者の如く澄まして、「百メートルはあるか。」と言った。「さあ。」「メートルならば、実感があるだろう。百メートルは、半丁だ。」と教・・・ 太宰治 「メリイクリスマス」
・・・ 呼び止めた歩行不能の中年紳士の気持ちも、急いで別れて行った青年の気持ちもいくらかわかるような気がした。自分があの二人のどちらかだったら、やはり同じことをしたであろうと思われた。 十一 風邪をひいて軽い咳が止・・・ 寺田寅彦 「藤棚の陰から」
・・・犬の人にかみつきて却て夜を守らざるは、悪性の犬なり、不能の犬なり。然るに此悪性不能を牝犬の一方に持込み、牝犬の人をみ夜を守らざるは宜しからずとのみ言うは不都合ならん。牡犬なれば悪性にても不能にても苦しからずや。議論片落なりと言う可し。蓋し女・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・集団農場・暁が、つい附近の富農の多い村と対抗しつつどんな困難のうちに組織されたか、どんな人間が、どんなやり方で――うすのろの羊飼ワーシカさえどんな熱情で耕作用トラクターを動かそうとしたか、そこには集団農場を支持するかせぬかから夫婦わかれもあ・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・初めのうちは皆心配したり、びくついていたが、村じゅうこうなっては却って力がついて、一つかたまって減主義的な方法で耕作するために、随分富農や反動分子との闘争を経て来た。 第一次五ヵ年計画のすんだ今では全農戸の七割が集団農場化し、耕作機械、・・・ 宮本百合子 「今にわれらも」
出典:青空文庫