・・・どうか又熊掌にさえ飽き足りる程、富裕にもして下さいますな。 どうか採桑の農婦すら嫌うようにして下さいますな。どうか又後宮の麗人さえ愛するようにもして下さいますな。 どうか菽麦すら弁ぜぬ程、愚昧にして下さいますな。どうか又雲気さえ察す・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・しかし私が貰おうとする妻は君らには想像も出来ないほど美しい、富裕な、純潔な少女なんだ」 そういって彼れは笏を上げて青年たちに一足先きに行けと眼で合図した。青年たちが騒ぎ合いながら堂母の蔭に隠れるのを見届けると、フランシスはいまいましげに・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・またすべての青年の権利たる教育がその一部分――富有なる父兄をもった一部分だけの特権となり、さらにそれが無法なる試験制度のためにさらにまた約三分の一だけに限られている事実や、国民の最大多数の食事を制限している高率の租税の費途なども目撃している・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・ 尤も椿岳は富有の商家の旦那であって、画師の名を売る必要はなかったのだ。が、その頃に限らず富が足る時は名を欲するのが古今の金持の通有心理で、売名のためには随分馬鹿げた真似をする。殊に江戸文化の爛熟した幕末の富有の町家は大抵文雅風流を衒っ・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・故に、たとえ悲しみに沈み、思いに悩む人も、真に其の悲しみというものを感じ、心に味い得た人は、やはり、其処に生きているだけの果いがあるのだ、いくら、富有な境遇に在ても夢のような生活を送っている人もある。 人生の生活というものは、必ずしも時・・・ 小川未明 「夕暮の窓より」
・・・労働階級といえどもこの努力に協力するの義務がある。富裕階級が労働階級の解放に参加しないのは個人的利害によって、この国家的な道徳的協同に反対するものであると説いた。われわれには共鳴するところ最も多い論拠である。マルクスの如く歴史の発展を物力の・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・愛してはくれるが、働いてくれるには及ばなかった富裕な家の母と、自分の養、教育のために犠牲的に働いてくれた母とでは、子どもの感情は大変な相異であろう。労働と犠牲とは母性愛を神聖なものにする条件だ。佐野勝也氏の母は機を織ったり、行商したりして子・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・「資本主義は、極く少数の特に富有で強力な国家を極端まで押しやり、それらの少数国家は、世界住民の約十分ノ一か、多く見積って高々五分ノ一しか擁しないに拘らず、単なる『利札切り』で全世界を掠奪しているのである。」 だから××××戦争は、掠奪者・・・ 黒島伝治 「反戦文学論」
・・・から求められ得ないが、国際的な関係の現れとしての北支那海に於ける英仏独露の軍艦の浮游が報じられてある。独歩は、それについて何等の説明も附してはいないし、或は気がつかなかったかもしれないが、今日からかえり見て想像を附加すると、既に戦後の三国干・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・ 此処は当時明や朝鮮や南海との公然または秘密の交通貿易の要衝で大富有の地であった泉州堺の、町外れというのでは無いが物静かなところである。 夕方から零ち出した雪が暖地には稀らしくしんしんと降って、もう宵の口では無い今もまだ断れ際にはな・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
出典:青空文庫