・・・そうしてそれは根の深い国民教育の結果として、始めて一般世間の表面に浮遊して来るより外に途のないものである。既に根本が此処で極まりさえすれば、他の設備は殆んど装飾に過ぎない。。余は政府が文芸保護の最急政策として、何故にまず学校教育の遠き源から・・・ 夏目漱石 「文芸委員は何をするか」
・・・見る間に三万坪に余る過去の一大磁石は現世に浮游するこの小鉄屑を吸収しおわった。門を入って振り返ったとき、憂の国に行かんとするものはこの門を潜れ。永劫の呵責に遭わんとするものはこの門をくぐれ。迷惑の人と伍せんとするものはこの門・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・「また人間でない動物でもね、たとえば馬でも、牛でも、鶏でも、なまずでも、バクテリヤでも、みんな死ななけぁいかんのだ。蜉蝣のごときはあしたに生れ、夕に死する、ただ一日の命なのだ。みんな死ななけぁならないのだ。だからお前も私もいつか、きっと・・・ 宮沢賢治 「フランドン農学校の豚」
・・・一きれのいいかおりがきらっと光って霧とその琥珀との浮遊の中を過ぎて行きました。 と思うと俄かにぱっとあたりが黄金に変りました。 霧が融けたのでした。太陽は磨きたての藍銅鉱のそらに液体のようにゆらめいてかかり融けのこりの霧はまぶしく蝋・・・ 宮沢賢治 「マグノリアの木」
・・・の主人公が病的であった原因は、富裕な階級の未亡人に甘やかされて社会性を鍛えられずに青年となった人間の醜さと悲劇である。作者が恋愛した人との現実で苦しんでいた、人生に対する対手の狐疑な生活経験からたくわえられたものであった。作者が重い比重で自・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第二巻)」
・・・当時、無産派の文学としてあらわれていた作品は、どれもそれぞれの作者の生活より自然発生的にその貧につき、社会悪と資本家への憎悪などが描かれたもので、つきつめてみればそれがこれまでのような富裕な階級に生きる文士の身辺小説でないという違いをもった・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第六巻)」
・・・貧しいマリヤに比べても彼は決して富裕と云うどころの生活ではなかったのですから。物理化学学校の実験室での、八時間。その一日の仕事の帰り途、市場へまわって夫婦は一緒に夕飯のための材料を買いました。家事の雑用を最も手まわしよくやって三時間。それか・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人の命の焔」
最近豪華版とか、限定版とか称する書籍を見る。少い部数で、一々本の番号を付し、非常に立派な装幀で、一見洵に豪華なものである。限られた少数の富裕な見手を目当てにしたものだろう。私達から見れば此上なく意味のないもので、読んで見て・・・ 宮本百合子 「業者と美術家の覚醒を促す」
・・・ブレークは、近代派の彫塑家で、きわめて富裕な大理石商の息子である。ブレークにとっては、スーザンが偉大な彫刻家であるかないかが興味ではなかった。彼がこれまで知らなかった女性としての深く大きい生命力とその素朴さ純真さが、近代的なブレークの関心を・・・ 宮本百合子 「『この心の誇り』」
・・・従って朝夕、美くしく着飾った女達が、都会に居るよりもっと気取って、もっと富有らしい歩調で散策する距離は、僅か一哩半位の、村道に限られて居るような形でございます。其の古い楓が緑を投げる街路樹の下を、私共は透き通る軽羅に包まれて、小鳥のように囀・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
出典:青空文庫