・・・両親は富裕な清教徒であった。十一歳で父に死別した後、病弱な神経質体質の少年であるジイドは、凡ての悪行為、悪思考と呼ばれているものに近づくまいとして戦々兢々として暮す三人の女にとりまかれ、芝居は棧敷でなければ観てはいけません、旅行は一等でなけ・・・ 宮本百合子 「ジイドとそのソヴェト旅行記」
・・・非常に人物の傑れた叔母に育てられ、その没後数年は当時のロシアの富裕で大胆で複雑な内的・社会的要素の混乱の中におかれている青年貴族、士官につきものの公然の放縦生活を送った。 三十四歳になったとき、既に「幼年時代」「地主の朝」「コサック」「・・・ 宮本百合子 「ジャンの物語」
・・・ 寧ろ、極貧でないかぎり、富裕でなくてよいと云う心持が、非常に強く自分を支配して居たのである。形式や、据え目や、上品さに煩わされ、流れる水のように自由に生活出来ないことは、実に恐ろしい。芸術家として自己を守り立てようと決心したからは、そ・・・ 宮本百合子 「小さき家の生活」
・・・ ツルゲーネフが二十を越したばかりのロシアの富裕な貴公子で、天性優美と不決断とを持った西欧主義者として当時ペテルブルグの華やかな社交界に余暇の多い日々を送っていたればこそ、舞台以外のヴィアルドオ夫人と親しくする機会をもち、彼とは対蹠的で・・・ 宮本百合子 「ツルゲーネフの生きかた」
・・・そしてルースはイェール大学の最も富裕な最も業々しくて反動的な「髑髏と骨」団の団員になった。 かくて、ルースが最初出発した、「正直な報道」の与え手としてのジャーナリストの立場は非常に危険なものになって来たとマクドナルドは見ているのである。・・・ 宮本百合子 「微妙な人間的交錯」
・・・どこか気性に独創的なところのある、富裕な教養たかいこの令嬢のまわりには、当然崇拝者の何人かが動いていたろうしまたどこの社会でも共通なように、彼女の両親の社会的な地位により多くの魅惑を感じている青年やその親たちが、月並のお世辞で彼女をとりまい・・・ 宮本百合子 「フロレンス・ナイチンゲールの生涯」
・・・二十年前、三十年前に、富裕な女たちばかり家庭医というものの処置を利用して、彼女たちより何倍か母として負担の多い勤労多数者の妻にその必要な知識と手段とを許さなかった時代に要求されていた声の本質と、今日それを一般に承認している声の本質とは、同一・・・ 宮本百合子 「夜叉のなげき」
・・・子供等自身はそれについて知らぬ。富裕なるロンドン市が世界に誇る、英国の暮し向よき中流層を拡大させつつ東端には一時的ならぬ貧を二代三代とかさねさせているうちに、この逆三角の顔を持ち七歳ですでに早老的声変りをした異様な小人間がおし出されて来たの・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
・・・が、作者は、ジャーシャを孤児の境遇から幸福で富裕な近代若夫人に育て上げるために「あしながおじさん」というほとんどロマンティックな青年貴族をもち出している。その広大な財力による庇護の腕の中でジャーシャの独立心も可愛らしく書かれている。「孤・・・ 宮本百合子 「若い婦人のための書棚」
・・・ 二人は富裕とは見えない。しかし不自由はせぬらしく、又久右衛門に累を及ぼすような事もないらしい。殊に婆あさんの方は、跡から大分荷物が来て、衣類なんぞは立派な物を持っているようである。荷物が来てから間もなく、誰が言い出したか、あの婆あさん・・・ 森鴎外 「じいさんばあさん」
出典:青空文庫