・・・ 髪も揺めき蒲団も震うばかりであるから、仔細は知らず、七兵衛はさこそとばかり、「どうした、え、姉やどうした。」 問慰めるとようよう此方を向いて、「親方。」「おお、」「起きましょうか。」「何、起きる。」「起きら・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・ 真蒼になって、身体のぶるぶると震う一樹の袖を取った、私の手を、その帷子が、落葉、いや、茸のような触感で衝いた。 あの世話方の顔と重って、五六人、揚幕から。切戸口にも、楽屋の頭が覗いたが、ただ目鼻のある茸になって、いかんともなし得な・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・おののき震うと同じ状なり。紳士、あとに続いて入る。三羽の烏 おいらのせいじゃないぞ。一の烏 ははははは、そこで何と言おう。二の烏 しょう事はあるまい。やっぱり、あとは、烏のせいだと言わねばなるまい。三の烏 すると、人間の・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・羅馬数字も風の硝子窓のぶるぶると震うのに釣られて、波を揺って見える。が、分銅だけは、調子を違えず、とうんとうんと打つ――時計は止まったのではない。「もう、これ午餉になりまするで、生徒方が湯を呑みに、どやどやと見えますで。湯は沸らせました・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・……天麩羅とも、蕎麦とも、焼芋とも、芬と塩煎餅の香しさがコンガリと鼻を突いて、袋を持った手がガチガチと震う。近飢えに、冷い汗が垂々と身うちに流れる堪え難さ。 その時分の物価で、……忘れもしない七銭が煎餅の可なり嵩のある中から……小判のご・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・ 樹島は肩の震うばかり胸にこたえた。「嬢ちゃんですか。」「ええ、もう、年弱の三歳になりますが、ええ、もう、はや――ああ、何、お茶一つ上げんかい。」 と、茶卓に注いで出した。「あ、」 清水にきぬ洗える美女である。先刻の・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・ 嚔もならず、苦り切って衝立っておりますると、蝙蝠は翼を返して、斜に低う夜着の綴糸も震うばかり、何も知らないですやすやと寐ている、お雪の寝姿の周囲をば、ぐるり、ぐるり、ぐるりと三度。縫って廻られるたびに、ううむ、ううむ、うむと幽に呻いた・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・きし、もし五月雨降りつづくころなど、荷物曳ける駄馬、水車場の軒先に立てば黒き水は蹄のわきを白き藁浮かべて流れ、半ば眠れる馬の鬣よりは雨滴重く滴り、その背よりは湯気立ちのぼり、家鶏は荷車の陰に隠れて羽翼振るうさまの鬱陶しげなる、かの青年は孫屋・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・進み進んで、出来る、出来ない、成就不成就の紙一重の危い境に臨んで奮うのが芸術では無いでしょうか。」「そりゃそういえば確にそうだが、忍術だって入用のものだから世に伊賀流も甲賀流もある。世間には忍術使いの美術家もなかなか多いよ。ハハハ。」・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・すなわち実験室において、南京兎を注射するごとく、もしくは解剖室において、解剖刀を揮うがごとくであった、云々」というのがあり、また「西鶴は検事でなければ、裁判官だ。しかも近松は往々弁護料を要求せざる、名誉弁護者の役目を、自ら進んで勤めている」・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
出典:青空文庫