・・・この風呂に入り給えと勧められてそのまま湯あみすれば小娘はかいがいしく玉蜀黍の殻を抱え来りて風呂にくべなどするさまひなびたるものから中々におかし。 唐きびのからでたく湯や山の宿 奥の一間に請ぜられすすびたる行燈の陰に餉したため終れ・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・「いかがです、今日は一つ、お風呂をお召しなさいませ。すっかりお仕度ができて居ます。」 豚がまだ承知とも、何とも云わないうちに、鞭がピシッとやって来た。豚は仕方なく歩き出したが、あんまり肥ってしまったので、もううごくことの大儀なこと、・・・ 宮沢賢治 「フランドン農学校の豚」
・・・ 段々、陽子は自分の間借りの家でよりふき子のところで時間を潰すことが多くなった。風呂に入りに来たまま泊り、翌日夜になって、翻訳のしかけがある机の前に戻る。そんな日もあった。そこだけ椅子のあるふき子の居間で暮すのだが、彼等は何とまとまった・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・門番で米擣をしていた爺いが己を負ぶって、お袋が系図だとか何だとかいうようなものを風炉敷に包んだのを持って、逃げ出した。落人というのだな。秩父在に昔から己の内に縁故のある大百姓がいるから、そこへ逃げて行こうというのだ。爺いの背中で、上野の焼け・・・ 森鴎外 「里芋の芽と不動の目」
・・・あらゆる大さ、あらゆる形の弁当が、あらゆる色の風炉鋪に包んで持ち出される。 ずらっと並んだ処を見渡すと、どれもどれも好く選んで揃えたと思う程、色の蒼い痩せこけた顔ばかりである。まだ二十を越したばかりのもある。もう五十近いのもある。しかし・・・ 森鴎外 「食堂」
・・・「君が毎日出勤すると、あの門から婆あさんが風炉敷包を持って出て行くというのだ。ところが一昨日だったかと思う、その包が非常に大きいというので、妻がひどく心配していたよ。」「そうか。そう云われれば、心当がある。いつも漬物を切らすので、あ・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・勘次は桑の根株を割って風呂場の下を焚きつけた。煙は風呂場の下から逆に勘次の眼を攻めて、内庭へ舞い込むと、上り框から表の方を眺めている勘次の母におそいかかった。と、彼女は、天井に沿っている店の缶詰棚へ乱れかかる煙の下から、「宝船じゃ、宝船・・・ 横光利一 「南北」
・・・もみじの落葉を焚いて酒を暖めるというのが昔からの風流であるが、この落葉で風呂を沸かしたらどんなものであろうと思って、大きい背負い籠に何杯も何杯も運んで行って燃したことがある。長州風呂でかまどは大きかったのであるが、しかしもみじの葉をつめ込ん・・・ 和辻哲郎 「京の四季」
出典:青空文庫