・・・暖かい夢を柔らかなふわふわした白絹につつんだように何ともいえない心地がするかと思うと、すぐあとから罪深い恐ろしい、いやでたまらない苦悶が起こってくる。どう考えたっておとよさんは人の妻だ、ぬしある人だ、人の妻を思うとは何事だ、ばかめ破廉恥め、・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・今でもまだ体がふわふわ浮いてるような思いでおります。わたしのような仕合せなものはないと思うと嬉しくて嬉しくて堪りません。 これから先どういうふうにして二人が一緒になるかの相談はいずれまた逢っての上にしましょう。あなたを悦ばせようと申した・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・シャツの そでが 風に ふくらんで、かみのけが ふわふわしました。「メロンを もって きた!」と、ふたりが さけびました。すずしい 木の 下で、太郎さんは、クレヨンで うしの えを かいて いました。・・・ 小川未明 「つめたい メロン」
・・・そこの海中の岩かげに、ふわふわと浮かんでいる海草に、おじいさんをしてしまったのです。一日ふわふわと海の上に浮かんでいます。日の光が暖かに照らしています。波影が、きらきらと光っています。鳥もめったに飛んでこなければ、その小さな島には、人も、獣・・・ 小川未明 「ものぐさじじいの来世」
・・・相変らずあんなことばかし言って、ふわふわしているのだろうという気がされて、袋から眼を反らした。その富貴長命という字が模様のように織りこまれた袋の中には、汚れた褞袍、シャツ、二三の文房具、数冊の本、サック、怖しげな薬、子供への土産の色鉛筆や菓・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・ 日はやや西に傾いて赤とんぼの羽がきらきらと光り、風なきに風あるがごとくふわふわと飛んでいる、老人は目をしばたたいてそれをながめている、見るともなしに見ている。空々寂々心中なんらの思うこともない体。 老人の前を幾組かの人が通った。老・・・ 国木田独歩 「二老人」
・・・かりそめながら戦ったわが掌を十分に洗って、ふところ紙三、四枚でそれを拭い、そのまま海へ捨てますと、白い紙玉は魂ででもあるようにふわふわと夕闇の中を流れ去りまして、やがて見えなくなりました。吉は帰りをいそぎました。 「南無阿弥陀仏、南無阿・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・小提灯を消すと、蝋燭から白い煙がふわふわと揚る。「奥さま、今度の狐もやっぱり似とりますわいの」と言ってげらげらと初やが笑う。 饅頭を食べながら話を聞くと、この饅頭屋の店先には、娘に化けて手拭を被った張子の狐が立たせてあった。その狐の・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・溜息をついて、すこし伸びあがってお勝手の格子窓から外を見ますと、かぼちゃの蔓のうねりくねってからみついている生垣に沿った小路を夫が、洗いざらしの白浴衣に細い兵古帯をぐるぐる巻きにして、夏の夕闇に浮いてふわふわ、ほとんど幽霊のような、とてもこ・・・ 太宰治 「おさん」
・・・そんな場合になってしまうと、私は糸の切れた紙凧のようにふわふわ生家へ吹きもどされる。普段着のまま帽子もかぶらず東京から二百里はなれた生家の玄関へ懐手して静かにはいるのである。両親の居間の襖をするするあけて、敷居のうえに佇立すると、虫眼鏡で新・・・ 太宰治 「玩具」
出典:青空文庫