・・・という大都会を静かに流れているだけに、その濁って、皺をよせて、気むずかしいユダヤの老爺のように、ぶつぶつ口小言を言う水の色が、いかにも落ついた、人なつかしい、手ざわりのいい感じを持っている。そうして、同じく市の中を流れるにしても、なお「海」・・・ 芥川竜之介 「大川の水」
・・・と云いながら、一度所か二度も三度も、交換手に小言を云っちゃ、根気よく繋ぎ直させましたが、やはり蟇の呟くような、ぶつぶつ云う声が聞えるのです。泰さんもしまいには我を折って、「仕方がないな。どこかに故障があるんだろう。――が、それより肝腎の本筋・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・さっと一汐、田越川へ上げて来ると、じゅうと水が染みて、その破れ目にぶつぶつ泡立って、やがて、満々と水を湛える。 汐が入ると、さて、さすがに濡れずには越せないから、此処にも一つ、――以前の橋とは間十間とは隔たらぬに、また橋を渡してある。こ・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・「拍子ではござりませぬ、ぶつぶつと唄のようで。」「さすが、商売人。――あれに笛は吹くまいよ、何と唄うえ。」「分りましたわ。」と、森で受けた。「……諏訪――の海――水底、照らす、小玉石――手には取れども袖は濡さじ……おーも・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・と蚊の呻くようなる声して、ぶつぶついうその音調は、一たび口を出でて、唇を垂れ蔽える鼻に入ってやがて他の耳に来るならずや。異様なる持主は、その鼻を真俯向けに、長やかなる顔を薄暗がりの中に据え、一道の臭気を放って、いつか土間に立ってかの杖で土を・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ 唾と泡が噛合うように、ぶつぶつと一言いったが、ふ、ふふん、と鼻の音をさせて、膝の下へ組手のまま、腰を振って、さあ、たしか鍋の列のちょうど土間へ曲角の、火の気の赫と強い、その鍋の前へ立つと、しゃんと伸びて、肱を張り、湯気のむらむらと立つ・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・太郎は、夜が明けてから、かにを食べるのを楽しみにして、そのぶつぶつといぼのさる甲らや、太いはさみなどに気をひかれながら床の中に入りました。 明くる日になると、おじいさんは、疲れてこたつのうちにはいっていられました。太郎は、お母さんやお父・・・ 小川未明 「大きなかに」
・・・ すると、次郎さんは、ぶつぶついっていましたが、「きよ、僕が学校から帰ってくるまでに、これと同じ鉛筆を買っておいてくれね。」といいながら、かばんの中の鉛筆を出して、ちょっと見せて、銭をそこへ投げ出しました。「自分のことは、自分で・・・ 小川未明 「気にいらない鉛筆」
・・・ 爺さんは暫く口の中で、何かぶつぶつ言ってるようでしたが、やがて何か考えが浮んだように、俄にニコニコとして、こう申しました。「ええ。畏りました。だが、この寒空にこの土地で梨の実を手に入れる事は出来ません。併し、わたくしは今梨の実の沢・・・ 小山内薫 「梨の実」
・・・男はぶつぶつした声でなだめていた。しまいには男も半泣きの声になった。女はヒステリックになにごとか叫んでいた。 夕闇が私の部屋に流れ込んで来た。いきなり男の歌声がした。他愛もない流行歌だった。下手糞なので、あきれていると、女の歌声もまじり・・・ 織田作之助 「秋深き」
出典:青空文庫