・・・ところがいよいよ子爵夫人の格式をお授けになるという間際、まだ乳房にすがってる赤子を「きょうよりは手放して以後親子の縁はなきものにせい」という厳敷お掛合があって涙ながらにお請をなさってからは今の通り、やん事なき方々と居並ぶ御身分とおなりなさっ・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
・・・同じ兼良が将軍義尚の母、すなわち義政夫人の日野富子のために書いた『小夜のねざめ』には、このことが一層明白に現われている。この書もこの後の時代に広く読まれたようであるが、その内容は人としての教養の準則を説いたものである。自然美を十分に味わうべ・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
・・・ハンモックと毛布を負うて無人の山奥へ平然として分け入る。阿蘇ではハンモックにぶら下がったまま凍死しようとした、妙義では頂に近き岩窟に一夜を明かした。肉体と社会を超越してのこのこと日本じゅう歩きめぐっている。旅は人を自然に近づかしめて、峨々た・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫