・・・ただ帰依したと云う事だけならば、この国の土人は大部分悉達多の教えに帰依しています。しかし我々の力と云うのは、破壊する力ではありません。造り変える力なのです。」 老人は薔薇の花を投げた。花は手を離れたと思うと、たちまち夕明りに消えてしまっ・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・その質問の大部分が矢部にとっては物の数にも足らぬ小さなことのように、「さようですか。そういうことならそういたしても私どものほうではけっして差し支えございませんが……」 と言って、軽く受け流して行くのだった。思い入って急所を突くつもり・・・ 有島武郎 「親子」
・・・社会の体から、病的な部分を截り棄ててしまうのだ。」 忽ち戸が開いた。人の足音が聞える。一同起立した。なぜ起立したのだか、フレンチには分からない。一体立たなくてはならなかったのか知らん。それともじっとして据わっていた方が好かったのか知らん・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・ 見よ、ヨーロッパが暗黒時代の深き眠りから醒めて以来、幾十万の勇敢なる風雲児が、いかに男らしき遠征をアメリカアフリカ濠州および我がアジアの大部分に向って試みたかを。また見よ、北の方なる蝦夷の島辺、すなわちこの北海道が、いかにいくたの風雲・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・木ずえの部分だけまっかに赤く見える。黄色い雲の一端に紅をそそいだようである。 松はとうていこの世のものではない。万葉集に玉松という形容語があるが、真に玉松である。幹の赤い色は、てらてら光るのである。ひとかかえもある珊瑚を見るようだ。珊瑚・・・ 伊藤左千夫 「河口湖」
・・・展覧会が開かれても、案内を受けて参観した人は極めて小部分に限られて、シカモ多くは椿岳を能く知ってる人たちであったから、今だにその画をも見ずその名をすらも知らないものが決して少なくないだろう。先年或る新聞に、和田三造が椿岳の画を見て、日本にも・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・もとより多くもない領土、しかもその最良の部分を持ち去られたのであります。いかにして国運を恢復せんか、いかにして敗戦の大損害を償わんか、これこの時にあたりデンマークの愛国者がその脳漿を絞って考えし問題でありました。国は小さく、民は尠く、しかし・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・科学的に、人間生活が解釈され得るとするも、それは、ある部分にしかすぎない。社会科学の場合と常に同様に考えることはできぬ。人間の生活が、科学の法則のみによって支配されるものでないからである。そして、永久に、説明しつくされざる何ものかを残してい・・・ 小川未明 「純情主義を想う」
・・・ さて、これからがこの話の眼目にはいるのですが、考えてみると、話の枕に身を入れすぎて、もうこの先の肝腎の部分を詳しく語りたい熱がなくなってしまいました。何をやらしてみても、力いっぱいつかいすぎて、後になるほど根まけしてしまうというい・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・実の母が死んですぐその年に義母が来たのだが、それからざっと二十年の間私たちは大部分旅で暮してきて、父とも親しく半年といっしょに暮した憶えもなく過してきたようなわけで、ようようこれからいっしょに暮せる時が来た、せめて二三年は生きてもらって好き・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
出典:青空文庫