・・・ときには洋装の若い女が来て、しきりに洗っているとFさんにきいて、私は何となく心を惹かれ、用事のあるなしにつけ千日前へ出るたびにこの寺にはいって、地蔵の前をぶらぶらうろうろした。そしてある日、遂に地蔵の胸に水を掛け水を掛け、たわしで洗い洗いし・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・ 学校をよしていつまでもぶらぶらしているのもいかがなものだったから、私は就職しようと思った。しかし、私の髪の毛を見ては、誰も雇おうとはしなかった。世をあげて失業時代だったせいもあったろう。もっとも保険の勧誘員にならいくらか成り易かった。・・・ 織田作之助 「髪」
・・・そして改札口前をぶらぶらしていたが、表の方からひょこひょこはいってくる先刻の小僧が眼に止ったので、思わず駈け寄って声をかけた。「やっぱしだめだった? 追いだして寄越した?」「いいんにゃそうじゃない。巡査が切符を買って乗せてやるって、・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・ 時は夏の最中自分はただ画板を提げたというばかり、何を書いて見る気にもならん、独りぶらぶらと野末に出た。かつて志村と共に能く写生に出た野末に。 闇にも歓びあり、光にも悲あり、麦藁帽の廂を傾けて、彼方の丘、此方の林を望めば、まじまじと・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・会は非常な盛会で、中には伯爵家の令嬢なども見えていましたが夜の十時頃漸く散会になり僕はホテルから芝山内の少女の宅まで、月が佳いから歩るいて送ることにして母と三人ぶらぶらと行って来ると、途々母は口を極めて洋行夫婦を褒め頻と羨ましそうなことを言・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
ある薄ら曇りの日、ぶらぶら隣村へ歩いた。その村に生田春月の詩碑がある。途中でふとその詩碑のところへ行ってみる気になって海岸の道路を左へそれ、細道を曲り村の墓地のある丘へあがって行った。 墓地の下の小高いところに海に面し・・・ 黒島伝治 「短命長命」
・・・ 小屋のところをぶらぶら歩きながら無遠慮に中隊長の顔を見ていた男が不意に横から口を出した。 その男は骨組のしっかりした、かなり豊かな肉づきをしていた。しかし、せいが高いので寧ろ痩せて見える敏捷らしい男だった。 見たところ、彼は、・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・ 源三の方は道を歩いて来たためにちと脚が草臥ているからか、腰を掛けるには少し高過ぎる椽の上へ無理に腰を載せて、それがために地に届かない両脚をぶらぶらと動かしながら、ちょうどその下の日当りに寐ている大な白犬の頭を、ちょっと踏んで軽く蹴るよ・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・「お母さん、そんなにぶらぶらしていらっしゃらないで、ほんとうにお医者さまに診て貰ったらどうです」と別れ際に慰めてくれたのもあの娵だった。どうも自分の身体の具合が好くないと思い思いして、幾度となく温泉地行なぞを思い立ったのも、もうあの頃か・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・そんなに勢まないのだけれど、もうよそうとも言えないので、干し列べた平茎の中をぶらぶらと出て行く。 五六歩すると藤さんがまた呼びかける。「あなたお背に綿屑かしら喰っついていますよ」「どこに?」「もっと下」「このへんですか」・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
出典:青空文庫