・・・所がいくら番の兵士の数をふやしても、妃たちの子を生むのは止りません。 ――妃たちに訊いてもわかりませんか。 ――それが妙なのです。色々訊いて見ると、忍んで来る男があるにはある。けれども、それは声ばかりで姿は見えないと云うのです。・・・ 芥川竜之介 「青年と死」
或夏の夜、まだ文科大学の学生なりしが、友人山宮允君と、観潮楼へ参りし事あり。森先生は白きシャツに白き兵士の袴をつけられしと記憶す。膝の上に小さき令息をのせられつつ、仏蘭西の小説、支那の戯曲の話などせられたり。話の中、西廂記・・・ 芥川竜之介 「森先生」
・・・大きな国の兵士は老人でありました。そうして、小さな国の兵士は青年でありました。 二人は、石碑の建っている右と左に番をしていました。いたってさびしい山でありました。そして、まれにしかその辺を旅する人影は見られなかったのです。 初め、た・・・ 小川未明 「野ばら」
・・・手紙の文句は未練に候ぞ大将とて兵卒とて大君の為国の為に捧げ候命に二はこれなく候かかる心得にては真の忠義思いもよらず候兄はそなたが上をうらやみせめて軍夫に加わりてもと明け暮れ申しおり候ここをくみ候わば一兵士ながらもそなたの幸いはいかばかりなら・・・ 国木田独歩 「遺言」
・・・「翌々日の新聞を見ると年は十九、兵士と通じて懐胎したのが兵士には国に帰って了われ、身の処置に窮して自殺したものらしいと書いてありました、ともかく僕はその夜殆ど眠りませんでした。「然かし能くしたもので、その翌日少女の顔を見ると平常に変・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・二階は兵士どもの飲んでいる最中。然し思ったより静で、妹お光の浮いた笑声と、これに伴う男の太い声は二人か三人。母はじろり自分を見たばかり一言も言わず、大きな声で「お光、お銚子が出来たよ」と二階の上口を向いて呼んだ。「ハイ」とお光は下て来て・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・この鐘の最後の一打ちわずかに響きおわるころ夕煙巷をこめて東の林を離れし月影淡く小川の水に砕けそむれば近きわたりの騎馬隊の兵士が踵に届く長剣を左手にさげて早足に巷を上りゆく、続いて駄馬牽く馬子が鼻歌おもしろく、茶店の娘に声かけられても返事せぬ・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・ 八 一隊の兵士が雪の中を黙々として歩いて行った。疲れて元気がなかった。雪に落ちこむ大きな防寒靴が、如何にも重く、邪魔物のように感じられた。 雪は、時々、彼等の脛にまで達した。すべての者が憂欝と不安に襲われていた。中・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・ その間、兵士達は、意識的に、戦争を忘れてケロリとしようと努めるのだった。戦争とは何等関係のない、平時には、軍紀の厳重な軍隊では許されない面白おかしい悪戯や、出たらめや、はめをはずした動作が、やってみたくてたまらなくなるのだった。 ・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・ 四 数十台の橇が兵士をのせて雪の曠野をはせていた。鈴は馬の背から取りはずされていた。 雪は深かった。そして曠野は広くはてしがなかった。 滑桁のきしみと、凍った雪を蹴る蹄の音がそこにひびくばかりであった。・・・ 黒島伝治 「橇」
出典:青空文庫