・・・ その夜の八時頃、ちょうど富岡老人の平時晩酌が済む時分に細川校長は先生を訪うた。田甫道をちらちらする提燈の数が多いのは大津法学士の婚礼があるからで、校長もその席に招かれた一人二人に途で逢った。逢う度毎に皆な知る人であるから二言三言の挨拶・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・戦争とは何等関係のない、平時には、軍紀の厳重な軍隊では許されない面白おかしい悪戯や、出たらめや、はめをはずした動作が、やってみたくてたまらなくなるのだった。 黄色い鈍い太陽は、遠い空からさしていた。 屋根の上に、敵兵の接近に対する見・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・ 三 平時に於ては、主として反軍国主義文学に力点を置く、ということを述べたが、しかし、勿論、それに限ったことではない。どういう内容を扱ってもそれは自由である。そして、なお、次に述べようとする内容をも併せて、取扱って・・・ 黒島伝治 「反戦文学論」
・・・頼朝だって、ただ猜疑心の強い、攻略一ぽうの人ではなかった。平治の乱に破れて一族と共に東国へ落ちる途中、当時十三歳の頼朝は馬上でうとうと居睡りをして、ひとり、はぐれた。平治物語に拠ると、「十二月二十七日の夜更方の事なれば、暗さは暗し、先も見え・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・ただ平時の不注意や不始末で莫大な金を煙にした上に沢山の犠牲者を出すようなことだけはしたくないものである。 これは余談であるが、一、二年前のある日の午後煙草を吹かしながら銀座を歩いていたら、無帽の着流し但し人品賤しからぬ五十恰好の男が向う・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・そうしてぶらぶら歩いて日比谷へんまで来るとなんだかそのへんの様子が平時とはちがうような気がした。公園の木立ちも行きかう電車もすべての常住的なものがひどく美しく明るく愉快なもののように思われ、歩いている人間がみんな頼もしく見え、要するにこの世・・・ 寺田寅彦 「コーヒー哲学序説」
・・・ ただもし、百年に一回あるかなしの非常の場合に備えるために、特別の大きな施設を平時に用意するという事が、寿命の短い個人や為政者にとって無意味だと云う人があらば、それはまた全く別の問題になる。そしてこれは実に容易ならぬ問題である。この問題・・・ 寺田寅彦 「地震雑感」
・・・こうした非常時の用心を何事もない平時にしておくのは一体利口か馬鹿か、それはどうとも云わば云われるであろうが、用心しておけばその効果の現われる日がいつかは来るという事実だけは間違いないようである。 神社の大きな樹の下に角テントが一つ張って・・・ 寺田寅彦 「静岡地震被害見学記」
・・・この問題はあまり簡単ではないが、ともかくも四本の一本がまさかのときの用心棒として平時には無用の長物という不名誉の役目を引き受けているのであろう。 数の勘定には十進法の数字だけあればそれでよいというのは、言わば机の三本足を使う流儀であって・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・それから此方じゃ、区長、兵事掛。兵事義会の重立ち、何でも礼服を着た方が三方か四方送って下すった。 職業は瓦屋でござえんすけれど、暫らくでもお上の役を勤めていたばかりで、大層お手厚い葬礼でね。此方とらの餓鬼が、屋根から落ちて死んだって、誰・・・ 徳田秋声 「躯」
出典:青空文庫