・・・「お客さんだもの……」 女は単純に答えた。龍介はちょっとつまった。「貞操を金で買うんだよ……」「そんなこと……」「へえそんなこと……」彼もちょっとそう言わさった。「乱暴なお客さんでもなかったら、別になんでもないわ」・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・七「へえ」殿「誠に久しく会わんのう」七「へえ」殿「再度書面を遣ったに出て来んのは何ういうわけか」七「へえ」殿「他へでも往ったか」七「へえ」殿「煩いでもしたか」七「へえ」殿「然うでもないようだな」七・・・ 著:三遊亭円朝 校訂:鈴木行三 「梅若七兵衞」
・・・「へえ、末ちゃんにも月給。」 と、私は言って、茶の間の廊下の外で古い風琴を静かに鳴らしている娘のところへも分けに行った。その時、銀貨二つを風琴の上に載せた戻りがけに、私は次郎や三郎のほうを見て、半分串談の調子で、「天麩羅の立食な・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・「へえ、姉さんにも御褒美」 こうおげんが娘に言う時の調子には、まだほんの子供にでも言うような母親らしさがあった。「蛙がよく鳴くに」とその時、お新も耳を澄まして言った。「昼間鳴くのは、何だか寂しいものだなあし」「三吉や、お前は・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・「へえ、こいつはまるでかるわざ師だ。どうだい、牛一ぴきのこらずくうまでかるわざをやるつもりかい? ほら、来た。よ、もう一つ。ほうら。よ、ほら。」と、肉屋はあとから/\と何どとなく切ってはなげました。犬は、そのたんびに、ぴょいぴょいと上手・・・ 鈴木三重吉 「やどなし犬」
・・・「早く着物を着た方がいい。風邪を引くぜ。ああ、帰りしなに電話をかけてビイルとそれから何か料理を此所へすぐに届けさせてくれよ。お祭が面白くないから、此所で死ぬほど飲むんだ。」「へえ。」と剽軽に返事して、老人はそそくさ着物を着込んで、消・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・ ご亭主は、きょとんとした顔になって、「へえ? しかし、奥さん、お金ってものは、自分の手に、握ってみないうちは、あてにならないものですよ」 と案外、しずかな、教えさとすような口調で言いました。「いいえ、それがね、本当にたしか・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・「どうしてまた。風流ですね。」「いいえ。おいしいからのむのです。わたくし、実話を書くのがいやになりましてねえ。」「へえ。」「書いていますよ。」青扇は兵古帯をむすびながら床の間のほうへいざり寄った。 床の間にはこのあいだの・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・「へえ、こんなところで天麩羅を食うんだね」私はこてこて持ちだされた食物を見ながら言った。「それああんた、あんたは天麩羅は東京ばかりだと思うておいでなさるからいけません」桂三郎は嗤った。 雪江はおいしそうに、静かに箸を動かしていた・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・参謀本部へ、一時金を受けに行くと、そこにいた掛の方が、『大瀬晴二郎の父親の吉兵衛と云うのあお前か』と云うんです。へえ、さようでござえんすと申しあげると、晴二郎は内地で死んだんだから、金は下げる訳にいかん、帰れ帰れと恁う云うんでしょう。・・・ 徳田秋声 「躯」
出典:青空文庫