・・・「味噌汁の実まで相談するかと思うと、妙なところへ干渉するよ」「へえ、やはり食物上にかね」「うん、毎朝梅干に白砂糖を懸けて来て是非一つ食えッて云うんだがね。これを食わないと婆さんすこぶる御機嫌が悪いのさ」「食えばどうかするのか・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・「僕のうちは、つまり、そんな音が聞える所にあるのさ」「だから、どこにある訳だね」「すぐ傍さ」「豆腐屋の向か、隣りかい」「なに二階さ」「どこの」「豆腐屋の二階さ」「へええ。そいつは……」と碌さん驚ろいた。「・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・ そうかと思うと、「へえ仁王だね。今でも仁王を彫るのかね。へえそうかね。私ゃまた仁王はみんな古いのばかりかと思ってた」と云った男がある。「どうも強そうですね。なんだってえますぜ。昔から誰が強いって、仁王ほど強い人あ無いって云いますぜ・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・「今年はうどの出来がどうですか。」「なかなかいいようですが、少しかおりが不足ですな。」「雨の関係でしょうかな。」「そうです。しかしどうしてもアスパラガスには叶いませんな。」「へえ」「アスパラガスやちしゃのようなものが・・・ 宮沢賢治 「紫紺染について」
・・・バキチのほうでももう大抵巡査があきていたんです。へえ、そうですか、やめましょう。永々お世話になりましたって斯う云うんです。そしてすぐ服をぬいだはいいんですが実はみじめなもんでした。着物もシャツとずぼんだけ、もちろん財布もありません。小使室か・・・ 宮沢賢治 「バキチの仕事」
・・・「まだ新しいな」「へえ、昨年新築致しましたんで、一夏お貸ししただけでございます。手前どもでは、よそのようにどんな方にでもお貸ししたくないもんですから……どうも御病人は、ねえあなた」 筒袖絆纏を着た六十ばかりの神さんが、四畳の方の・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・「感想はいかがです」 わたしは、ゆっくり立ちどまって、挨拶をかえした。「感想って……。私はこれから、稲子さんのところへ行くんだけれども……」「へえ」 ひどく案外らしく、「知らないんですか」といわれた。「執筆禁・・・ 宮本百合子 「ある回想から」
・・・「へへへへ。それでは野木さんのお流儀で。」「己がいらないのだ。野木閣下の事はどうか知らん。」「へえ。」 その後は別当も敢て言わない。 石田は司令部から引掛に、師団長はじめ上官の家に名刺を出す。その頃は都督がおられたので、・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・主人は不審に思うらしい様子で、「へえ、あんなに好く肖てお出になって」と云った。私は君に似ているだろうか、君はどう思うと云って、F君を見た。 F君がその時、それは他人の空似と云うことが随分有るものと見えると云って、こういう話をした。君が尾・・・ 森鴎外 「二人の友」
・・・「へえ、一万フィートなら相当なものだな。うまくゆきますか、飛行機だと落ちますね。」「落ちました。初め操縦士と合図しといて落下傘で飛び降りてから、その後の空虚の飛行機へ光線をあてたのです。うまくゆきましたよ。操縦士と夕べは握手して、ウ・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫