・・・そうして彼らの事業は、じつに、父兄の財産を食い減すこととむだ話をすることだけである。 我々青年を囲繞する空気は、今やもうすこしも流動しなくなった。強権の勢力は普く国内に行わたっている。現代社会組織はその隅々まで発達している。――そうして・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・ やがて立出でて南をむきて行くに、路にあたりていと大きなる山の頭を圧す如くに峙てるが見ゆ。問わでも武甲山とは知らるるまで姿雄々しくすぐれて秀でたり。横瀬、大宮、上影森、下影森、浦山、上名栗、下名栗の七村に跨れるといえる、まことにさもある・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・ギニヴィアは組める手を胸の前に合せたるまま、右左より骨も摧けよと圧す。片手に余る力を、片手に抜いて、苦しき胸の悶を人知れぬ方へ洩らさんとするなり。「なに事ぞ」とアーサーは聞く。「なに事とも知らず」と答えたるは、アーサーを欺けるにもあ・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・雨はだんだん密になるので外套が水を含んで触ると、濡れた海綿を圧すようにじくじくする。 竹早町を横ぎって切支丹坂へかかる。なぜ切支丹坂と云うのか分らないが、この坂も名前に劣らぬ怪しい坂である。坂の上へ来た時、ふとせんだってここを通って「日・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・けり桜狩美人の腹や減却す出べくとして出ずなりぬ梅の宿菜の花や月は東に日は西に裏門の寺に逢著す蓬かな山彦の南はいづち春の暮月に対す君に投網の水煙掛香や唖の娘の人となり鮓を圧す石上に詩を題すべく夏山や京尽し飛・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・若い主婦はいかに明敏であろうとも、八百屋に足を運ぶ度数を減すことは出来なくなっている。 今日の若い世代の、よりよい結婚生活、家庭生活の願いは、一方で、ますます加わって来る困難な条件をはっきり見とおして、それらの困難にめげない人間の成長へ・・・ 宮本百合子 「家庭創造の情熱」
・・・室内の湿った空気が濃くなって、頭を圧すように感ぜられる。今のように特別に暑くなった時でなくても、執務時間がやや進んでから、便所に行った帰りに、廊下から這入ると、悪い烟草の匂と汗の香とで噎せるような心持がする。それでも冬になって、煖炉を焚いて・・・ 森鴎外 「あそび」
出典:青空文庫