・・・ 二十五年前の第一欧州戦争を、日本の一般社会は間接に小局限でしか経験しなかったから、今日の文学が経る波瀾は、極めて日本的な諸条件のうちで、しかも世界史的に高度で、経験が重大であるというばかりでなく、謂わばその重大さが初めてであるというこ・・・ 宮本百合子 「今日の文学の諸相」
・・・ 少年の感情の世界にひそかな駭きをもって女性というものが現れた刹那から、人生の伴侶としての女性を選択するまでには成育の機変転を経るわけである。感情の内容は徐々に高められて豊富になって行くのだから、いきなり恋愛と結婚とをつなぎ止めてしまう・・・ 宮本百合子 「成長意慾としての恋愛」
・・・何かで、下駄の前歯が減るうちは、真の使い手になれぬと剣道の達人が自身を戒めている言葉をよんだ。 マヤコフスキーの靴の爪先にうたれた鋲は、彼の先へ! 先へ! 常に前進するソヴェト社会の更に最前線へ出ようと努力していた彼の一生を、実に正直に・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
・・・こうして、労働時間が少なくなると、すぐ給料の減るのがブルジョア国のおきまりだ。が、ソヴェト同盟は五ヵ年計画で工場を電化し、優良機械を使用し、生産能率があがればあがる程、国が金持ちになればなる程労働者が直接賃銀としてそのわけ前を得る分量が殖え・・・ 宮本百合子 「ソヴェト労働者の解放された生活」
・・・また、すきな物を召上れと云われ、実に嬉しいに違いないのに、「おらあ子持の時分から、腹の減るということを知らなかった女だごんだ」と云うように。後では、時節がよく成ると、皆の方から、田舎に行って世話をやいて来て下さいと云った。去年も五月に、私が・・・ 宮本百合子 「祖母のために」
・・・仕事に対する父の愛が減ったのではなく、仕事について父の分担が年を経るままに変って来たのでした。そのことを、私は一度も父には直接申しませんでしたが、自分の心の中では或る避けがたい悲しみとして鋭く感じていました。文学と建築という仕事の質の相異と・・・ 宮本百合子 「父の手帳」
・・・ 私たちが生活の間に経る波は激しく、潮はまことに急速で、昨今は、この一ヵ月で生活感情も随分変化して来ている有様である。その波濤を、ああしこうし工夫して凌ぎゆくわけだが、そのようにして生活して行くというだけでは、殆ど未だ人間経験というとこ・・・ 宮本百合子 「地の塩文学の塩」
・・・と云った肇の口調を千世子ははっきりとかなりの時間が経るまで覚えて居た。 多くの人は犯し難い沈黙を持つ事は喜びもし口にもする、けれ共尊い悲しみと云う物を思う人達の数は少ないものだろう。 心の正しい、直な人は喜びのみを多く感じる・・・ 宮本百合子 「千世子(二)」
・・・尤も考えてみれば刑務所への手紙は幾重もの検閲を経るのであるから、はっきりしたことの書けるわけはなかったのに、思慮が足りなくて陳弁された。 原稿は、いずれ又のこととして事務上の片は簡単についた。しかし、わたしの心の内には沢山の疑問がのこさ・・・ 宮本百合子 「「どう考えるか」に就て」
・・・ 今のこのひどい中で二人の口が減ることだけさえ一方ならないことだのに、その上いくらかは入っても来ようというものだ。 彼女等だってまんざらの子供ではなし…… そう思っているところへ、娘達の方からどうぞ遣って下さいと切り出したことは・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
出典:青空文庫