・・・勝子は小さい扇をちらと見せて姉に纏いつきかけた。「そんならお母さん、行って来ますで……」 姉がそう言うと「勝子、帰ろ帰ろ言わんのやんな」と義母は勝子に言った。「言わんのやんな」勝子は返事のかわりに口真似をして峻の手のなかへ入・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・光代はただ受答えの返事ばかり、進んで口を開かんともせず。 妙なことを白状しましょうか。と辰弥は微笑みて、私はあなたの琴を、この間の那須野のほかに、まあ幾度聞いたとお思いなさる。という。またそのようなことを、と光代は逃ぐるがごとく前へ出で・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・「ついてはご自身で返事書きたき由仰せられ候まま御枕もとへ筆墨の用意いたし候ところ永々のご病気ゆえ気のみはあせりたまえどもお手が利き候わず情けなき事よと御嘆きありせめては代筆せよと仰せられ候間お言葉どおりを一々に書き取り申し候 必・・・ 国木田独歩 「遺言」
・・・「必ずしも信仰そのものは僕の願ではない、信仰無くしては片時たりとも安ずる能わざるほどにこの宇宙人生の秘義に悩まされんことが僕の願であります」「なるほどこいつは益々解りにくいぞ」と松木は呟やいて岡本の顔を穴のあくほど凝視ている。「・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・昨日の事は忘れ明日の事を思わず、一日一日をみだらなる楽しみ、片時の慰みに暮らす人のさまにも似たりとは青年がこの町を評する言葉にぞある。青年別荘に住みてよりいつしか一年と半ばを過ぎて、その歳も秋の末となりぬ。ある日かれは朝早く起きいでて常のご・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・彼は、心でそのいかめしさに反撥しながら、知らず/\素直におど/\した返事をした。「そのまゝこっちへ来い。」 下顎骨の長い、獰猛に見える伍長が突っ立ったまゝ云った。 彼は、何故、そっちへ行かねばならないか、訊ねかえそうとした。しか・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・と訊く。返辞が無い。「気色が悪いのじゃなくて。」とまた訊くと、うるさいと云わぬばかりに、「何とも無い。」 附き穂が無いという返辞の仕方だ。何とも無いと云われても、どうも何か有るに違い無い。内の人の身分が好くなり、交際が上・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・妹はそれにどう返事をしていゝか分らなかった。 母はブツ/\云いながら、それでもお前が「四・一六」に踏み込まれたときとはちがって、平気で表の戸を開けに行った。それは女ばかりの家で、母にはお前のことだけのぞけば、あとはちっとも心配することが・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・く同伴の男ははや十二分に参りて元からが不等辺三角形の眼をたるませどうだ山村の好男子美しいところを御覧に供しようかねと撃て放せと向けたる筒口俊雄はこのごろ喫み覚えた煙草の煙に紛らかしにっこりと受けたまま返辞なければ往復端書も駄目のことと同伴の・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・ その日は私はわざと素気ない返事をした。これが平素なら、私は子供と一緒になって、なんとか言ってみるところだ。それほど実は私も画が好きだ。しかし私は自分の畠にもない素人評が実際子供の励ましになるのかどうか、それにすら迷った。ともあれ、次郎・・・ 島崎藤村 「嵐」
出典:青空文庫