・・・など、面白くない原稿かいて、実話雑誌や、菊池寛のところへ、持ち込み、殴られて、つまみ出されて、それでも、全部見抜いてしまってあるようなべっとり油くさいニヤニヤ笑いやめない汚いものになるのであろうと思いました。今から、また、また、二十人に余る・・・ 太宰治 「創生記」
・・・ちっとも手むかいせずに、こっちの殴った手へべっとりくっついて来る」急に真剣そうに声をひそめて、「あいつ、菊の手を平気で握りしめたんだよ。あんなたちの男が、ひとの女房を易々と手にいれたりなどするんだねえ。インポテンスじゃないかと思うんだけれど・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・ひとで、であろうか。べっとり岩にへばりついて、ときどき、そろっと指を動かして、そうして、ひとでは何も考えていない。ああ、たまらない、たまらない。私は猛然と立ち上る。 おどろくことは無い。御不浄へ行って来たのである。期待に添わざること、お・・・ 太宰治 「懶惰の歌留多」
・・・ふとその言葉がいまはじめて皮膚にべっとりくっついて思い出され、苦笑した。ああ、これは滑稽の頂点である。黄村の骨をていねいに埋めてやってから三郎はひとつ今日より嘘のない生活をしてやろうと思いたった。みんな秘密な犯罪を持っているのだ。びくつくこ・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・ある夜顔色の美しい女客の顔を電燈の光でしみじみ見ていると頬や額の明るい所がどうしてもまだかわかぬ生の絵の具をべっとり盛り上げたような気がしてしかたがなかった、そしてその光った所が顔の運動につれていろいろに変わるのを見とれているうちに、相手の・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・馬の横腹から頬の辺まで、雨上がりの泥濘がべっとりついて塗り立ての泥壁を見るようである。あらわな肋骨の辺には皮が擦り剥けて赤い血が泥ににじんでいるところがある。馬の腹は波を打つように大きくせわしなく動いている。堪え難い苦痛があの大きな肉体の中・・・ 寺田寅彦 「断片(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
出典:青空文庫