・・・それには、アルファベットとアラビア数字がきれぎれに、一字一字、全部で三十字ほど折れ釘のように並んでいた。クヅネツォフは、対岸の、北の村に住んでいる富農だ。パン粉を買い占めたり、チーズを買い占めたり、そして、それを労働者に高くで売りつける。そ・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・チンネフ君はベットに這入ってから永い間ゴソゴソ音を立てて動いていたが、それがどうしているのだか、異国人の自分にはどうしても想像が出来なかった。 翌日はレエゲンシタインの古城を見に行った。ただ一塊りの大きな岩山を切り刻んで出来たものである・・・ 寺田寅彦 「異郷」
・・・二つの時計――その一つは小形の置き時計で、右側の壁にくっつけた戸棚の上にある、もう一つは懐中時計でベットの頭の手すりにつるしてある――この二つの時計の秒を刻む音と、足もとのほうから聞こえて来る付添看護婦の静かな寝息のほかには何もない。ただあ・・・ 寺田寅彦 「病院の夜明けの物音」
・・・ 以上はただ付け句の素材だけについての選択の過程であって、それの表現法いかんについてはさらにまた全然別途の主要な作業が始まるわけであるが、そういう方面の問題はこの項ではいっさい触れないことにしようと思う。ともかくも普通はまず素材がきまっ・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・母ジェニファーの新しい愛人、そして良人として現われたコルベット卿をやっている俳優が、英国風の紳士というものを何か勘ちがいして、英国名物のチャンバーレン、蝙蝠傘は忘れずその手に持参しているばかり、到ってユーモアも男らしい複雑な味もなく一番つま・・・ 宮本百合子 「雨の昼」
・・・戦時中、大軍需会社の下うけをやっていて、小金をためたような小企業家が、さて、敗戦と同時に、何か別途に金をふやす方法をさがした。軍部関係で闇に流れた莫大な紙があった。戦後、続出した新興出版事業者は、ほとんど例外なしに、この敗戦おきみやげたる紙・・・ 宮本百合子 「しかし昔にはかえらない」
・・・ヴィアルドオ夫人は「従妹ベット」がパンセラスの仕事を督励したとは別の方法で、言葉で、宝石の沢山はまった奇麗な白い手で、恐らくはツルゲーネフの芸術活動と、その成功を刺戟し、部分的には精神的共働者でもあったであろう。ぐうたらなツルゲーネフが「全・・・ 宮本百合子 「ツルゲーネフの生きかた」
・・・そのような批評家は同じ考えを作品にまで敷衍して、バルザックの描く主だった人物を見よ、ゴリオにしろ、ベットにしろ、皆その人生を慾望の偏執によって貫く異常人ではないかと強調するのである。 猶我々の興味をひくことは、同時代の作家たちの間におい・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・バルザックの「従妹ベット」「ウウジニイ・グランデ」、モウパッサンの「女の一生」などは法律の上にも経済の上にも受け身な女の一生の真情の悲劇を心を貫く如く描いている。「寡婦マルタ」はポーランドの婦人作家オルゼシュコによって書かれているが、この作・・・ 宮本百合子 「若い婦人のための書棚」
出典:青空文庫